1-2 偽善 其ノ弐
「先に昼食を済ませておくぞ。遅れるな」
結局それから地道に集め直した葉っぱをゴミ袋に詰めている時、不意にシラハ様は言った。
「……あ、承知致しました」
ここで状況を察して動くことができるのが、一流の召使い。僕も始めてまだ数ヶ月だけど。
ゴミ袋を庭の隅の方へ追いやりまとめる。約三袋分。一人にしては頑張った、と思う。
ちなみにその間シラハ様は暇だったのか、庭で僕の仕事を見ていた。雇っている側だから手伝う必要は当然ないのだが、ずっと見られていれば手伝って欲しい気にもなる。
時間にしたら多分三時間程度だったのだろう。相当暇だったのか、シラハ様は僕の仕事を眺め続けてひたすらに雑談を繰り返していた。おかげで僕は庭の掃除が飽きることがなかったが、効率は上がったかは分からない。一応お嬢様の善意だから落ちていないと信じたい。
それより、さっき言ったように食事に遅れればお嬢様は機嫌を悪くする。今やるべきことは早急に昼食を食べに行くことだ。幸い葉っぱ関連の仕事はもうほとんど終わっているし、残りのゴミ袋を出しに行くのは後でやればいい。
「じゃあ、早めに行っておこう」
誰にも聞こえない独り言を相変わらず呟いて、僕は庭を後にした。
……そう言えば、何か忘れている気がする。
特に根拠はないけど、シラハ様絶対になんか用事が入って遅れそうだな。
「そりゃあ寝癖直してますよね〜……」
僕は昼ご飯を食べるだだっ広い大広間のテーブルに一人、突っ伏した。
そうだ。そりゃあ、そうだ。三時間も庭に絶え間なくいたから、寝癖なんて当然その間に直してるはずもないんだ。
「……後何分かかると思います? サアカさん」
「人によるな。まぁお嬢様の髪は留めなきゃ長いし、もう少しかかると思う」
「そうですか……」
朝っぱらから掃除の為に動いて動いて、結構疲れた。もう動く気力もない。
ちなみにだが、男勝りのサアカさんは髪もそこそこ短い。普段は髪を留めているシラハ様も寝る時は外すので、寝癖はつく。結構つく。
「……雇われた召使いがこんなにものんびりできる家も、そうないだろうな」
前言撤回、動ける。動けます。
僕は瞬時に立ち上がった。
「さぁて勢いよく立ち上がったルクロ君、料理を運んでくれないか?」
「分かりました。すぐにご用意させていただきます」
ニヤリと笑ったサアカさんを横目に、割と真面目に疲れた体を奮い起こして高速で動く。
「お前ホント、召使いの職業向いてるかどうか分からないな」
「向いてなくてもきっとやってますよ、召使い」
「私も多分向いてなくても料理人やってるけどな。この名にかけて、な」
二人して軽く笑った。
「話は変わるが、道化師が近々やって来たいと申し出ていたな」
「そうなんですか? 初耳ですね。いつ頃言ってました?」
基本的に雑用も僕だから、そう言う類のものは僕は知っていると思っていたが。
「そりゃあな。私が直で聞いたんだから」
「あ、そういう感じですか。僕が中継していない来客なんて滅多にないものですからね」
「普通はないだろ。そいつは私の古い知り合い料理人を通じてきたらしくてな。是非伺いたいとか言ってた」
「珍しいですね、ここを望むなんて。今までいましたっけ」
「いや……、私がいた限りではゼロだったと思うんだが。まぁ、後でお嬢様に判断してもらおう。最終決定はあの人だからな」
ここ、ケンラン家はとある事情により他の富裕層の名家とはかなり違っていて、その為他の家とは関係が少し疎遠なのだ。だから直接も人伝てもあまり道化師やそういう類の者はあまり来なかったのだが、物好きもいるものだ。
「名前、なんていうんですか? その道化師」
「えーっと……あ、そうそう。確か『ハイド』とか言ってたっけ」
ポンと手を打つサアカさん。
「ハイド……、それって『ジキルとハイド』の?」
「あくまで名前だがな。ただ、変わった名前だなとは思ったよ」
「確か二重人格の悪い方ですよね。大丈夫なんですか? その人」
「さぁな」
無責任そうに笑っているが、まぁ僕も笑うしかない。さっきから言っているが、僕らがなんと言おうと最終決定は僕らの雇い主でこのケンラン家当主の、シラハ様だから。
「ところで、そのシラハ様はまだなんですかね?」
「そろそろ来ると思うがな……」
その時、大広間のドアがバンと音を立てて開いた。
「すまない、遅れてしまった」
料理を運び終えてのんびりと座っていた僕とサアカさんは反射的に立ち上がった。
「寝癖を直すのを忘れていてな。待たしてしまったが、早速食事にしよう」
「承知致しました」
僕はシラハ様の席の椅子を引いて、座りやすいようにする。
「気が利くな、ルクロ。さてサアカ、今日のメニューは?」
「『クロックムッシュ』と『フレンチシーザーサラダ』でございます」
目の前に置いてあったこのサンドイッチとサラダ、そんな名前がついていたのか。
「また珍しそうな名前だな」
並んだ料理を一目見てから、シラハ様はサアカさんの方を向いた。
「それでサアカ、味の方は?」
ニヤリと笑うシラハ様。
「もちろん保証致しますよ。このサアカ=ゼンテの名前にかけて、です」
毎回恒例、口頭での料理の味チェック。言ってしまえば意味はないが、信頼の元となる。
「では、頂くとしよう。二人も食べて構わないぞ」
一足先にシラハ様が両手を合わせ、「いただきます」と言う。つられて僕も言った。
とりあえずサンドイッチのような『クロックムッシュ』を口に運んでみる。
……美味しくないわけがない。
逆にこのサアカさんの料理が美味しくなかったことなどただの一度もないから当たり前と言えば当たり前なのだが、相変わらずとても美味しい。世界最高峰なんじゃないだろうか。
「ごちそうさま。流石、ハズレがないな。お前の料理は」
「ありがとうございます」
「さて、昼食を食べ終わったばかりで悪いが、今日は木曜日だ」
座っていた僕は、瞬時に立ち上がる。
「サアカ、準備は?」
「済ませてあります。いつでも大丈夫です」
「流石だな」
そう言ってからお嬢様は僕の方を向いた。
「支度はできたか? 運搬業者」
「あー……身支度はできてます」
「身支度『は』? じゃあ何ができていないのだ」
「心の準備です。ここからの地獄に命絶えず耐え切る心構えを……」
「分かった、できているのだな」
無駄にキリッと言った僕の『偶には違う人が代わってくれませんか?』という言葉は当たり前のように届かなかった。
「重労働、頼むぞ」
「自分で『重労働』って言ってますよシラハ様……」
「うん? 言うことに何か問題でもあるのか?」
「誰もやりたがりません」
「どうせやるのがお前の仕事だろう」
「ううっ……」
「じゃあ、行くぞ」
そう言うとシラハ様は一人先に屋敷の玄関へと向かった。