鏡
昔から鏡が嫌いだった。直視したくなかった。
嫌で嫌で堪らなくて、洗面所に行かなくて歯を磨かない日もあるくらいだった。
学校へ行く、何事もなくその日も終わり部活が始まる。
そこに鏡は現れる。
酷い話だ、古い鏡を見せられるのはもっと嫌いだ。
その鏡は周りに迷惑を撒き散らしてもヘラヘラと笑い、反省もしない。見ていて嫌になる。
それでいて、タチが悪い事に殴ったら破片が刺さって俺も怪我をする。
耐えられなかった、ずっと我慢した。
だがある日、唐突に限界が来る。
絶対に失敗できない、そんな時にそいつはやらかした。それでもヘラヘラしていた。
思わず怒鳴り散らした、思いの丈を全て吐いた。今まで溜まっていた鬱憤も、苛立ちも、八つ当たりも。
次の部活、そいつは来なかった。
初めのうちはせいせいした、なんせ嫌いなものを見なくて済むのだからいいだろう。ゴキブリを見て嬉しい人間はいない、それと同じだ。
次の部活も来なかった。
別になんとも思わなかった、来なければ来ないで楽だったから、
次の部活、来なかった。
次の部活、来なかった。
そこで分かった、あいつは学校へ来なくなった。
なんでかと聞くと、俺が怒ったのを皮切りに全員が次々とそいつを叩き始めたのだ。
鏡は嫌いだ、特に古い鏡は。
壊したら、自分に破片が刺さる。
罪悪感は微塵も無かった、そしてそれがまた嫌になる。あれは俺だ、ただ今の俺ではない。昔の俺だ。
もしかするとあそこに居たのは俺かもしれない、そう思うとゾッとする。
ああならなくてよかったんだなと安堵する。
そしてそんな自分が嫌になる。
その日は歯を磨けなかった。洗面所には鏡があって、自分が映っているから。
翌日、学校へ行った。
そいつの机には、落書きがされていた。
そいつは、数日ぶりに学校へ来た。勇気を出したんだと思う。しかし突きつけられたのは絶望だった。
古い鏡が粉々に砕けた。
破片が刺さる、刺さる。
その日は歯を磨いた、そして拳を握り思い切り鏡をぶん殴った。どうしようもなかった。拳は痛かった。