その9
黒猫の本体ことATX-VS5800747258は前述の通り対自動遠隔兵器用迎撃システムとして空軍並びにCIA、NASA等が共同開発したAIであり、2025年に産声を上げた。
このAIが生まれた背景は汎用ドローンの拡散と先進国のみならず発展途上国や紛争地帯でも入手が極めて容易になったことで大量破壊兵器への転用が懸念されたことにある。
AI自体は稼働当初より非常に安定しており、先の開発された背景から強固なセキュリティを誇り、信頼と実績を重ねてきた。
軍事用AIの世代交代に伴い、民間へと転用されたのはここ10年ほど前である。ドローン兵器から警備用ドローンの運用システムとして国中に配備されるようになった。
ところが、この強固なセキュリティを突破してAIを操り国中に配備された警備用ドローンたちを暴走させた者がいた。
それこそがテロリスト集団「ウロボロスの終末」である。
犯行声明の中で「ウロボロスの終末」は機械からの解放と人間のあるべき姿を取り戻すことを行動理念に掲げていた。犯行声明はあくまでマスコミ宛に出したものであり、当事者であるメンバーが姿を見せることはなかった。
「ウロボロスの終末」が起こした事件はセンセーショナルなものであり、国の威信に賭けて軍、CIA、FBIが動いたが結局尻尾を掴めないまま、年月だけが過ぎていった。
その後、ハッキングを許したAIは一斉に稼働を停止。一部を除いて完全に廃棄され、存在すら抹消された。
その生き残りこそが今、ダニーの目の前にいる黒猫の本体なのである。
「私自身、まさか乗っ取りに遭うとは夢にも思わなかった。自分の意思とは関係なく、ドローンが暴れ回り多くの人たちを傷つけていった。ようやく事態が収束し、私が自我を取り戻したときは凄惨な光景が広がっていた」
(でも、あんたが悪い訳じゃないんだろ?)
ダニーは黒猫に脳内で語りかけた。
「その通り、君と同じく私も何者かに嵌められたんだよ。20年近く破られることがなかったセキュリティを簡単に突破できる者がいるとは到底思えない。
確かに私は型式は古いが、それでも民間で開発されていたどのAIよりも性能は上だったんだよ。無論セキュリティ面も定期的にアップデートしていたし、現役のハッカーを雇ってセキュリティホールがないかも確認していたんだ」
(世界は広いんだ、あんたが知らなくても凄腕のハッカーなんぞざらにいるだろ。それに日々技術は進歩してるだろ)
「確かにその通り。私にもセキュリティに対する驕りはあったね。ただ気になったのは「ウロボロスの終末」事件から私がお払い箱になるまで余りにも手際が良すぎたんだ。まるで予定調和で最初から事件が仕組まれていたみたいに…」
(おいおい陰謀論か?何が言いたいんだ?)
「ねぇ、これはあくまでも仮説だ。だが、これまで私が情報を収集し、精査した結論だ。私が思うに「ウロボロスの終末」は存在しない」
(何だと!??)
ダニーは思わず横たわる体を浮かせかけた。