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キングブレイカー  作者: 43番
第三章 彼女と彼女の仇と彼女の仇の影
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その15

「そんな所でどうしたんだ?ナターシャ」



 ダニーに気づいたナターシャは慌てて襟元で目を擦り、そっぽを向いた。泣いているところを見られたくなかったのだろう。



「……別に……あんたには関係ないだろ」


「ごめん、つい気になって…」


「謝る必要なんかないよ。あたしが勝手に泣いてただけだから」



 そういうとナターシャは拗ねたように頬を膨らませた。目元は雑に擦ったせいで真っ赤に腫れていた。「ブラッディ・レイン」と呼ばれた傭兵部隊に所属していた歴戦の勇士とはいえ、年相応な部分はあるのだろう。

 ずっと戦ってきた緊張の糸が切れたのかもしれない。ダニーはナターシャの様子を察して、何もいわずにナターシャの前にしゃがみこんだ。



「……何だよ。何であたしの前に座るわけ?」


「座るくらい、いいじゃないか。今のあんたは何か放っとけなくてね」


「プッ、何それ?心配してるの?」



 ナターシャの表情が少しだけ和らいだ。でも顔はそっぽを向いたままだ。



「泣いている理由は聞かないが、少なくとも俺たちはあんたの味方だ。無理に仲間になれとはいわない。ただあんたがまた無茶をするのかが、どうも心配でね。俺も仲間を何人も失っているから、余計にね」


「心配してくれてどうも。余計なお節介よ」


「確かに」



 ダニーは自嘲気味に笑った。



「なあ、ダニー…あんたは海兵隊だったんだよな。何であのドラネコたちと一緒にいるんだ?」


「話せば長くなるが、作戦中に罠に嵌められてね。上官に裏切り者扱いされた上に、味方からミサイル攻撃まで受けてこの様さ」


 

 ダニーの話に驚いて、ナターシャが思わずダニーに顔を向けた。



「ミサイル攻撃!?サイボーグになったのはそれが原因か?てかあんた、よく生きてたね」


「まあね。四肢は失ったものの悪運だけは強かったみたいだ」


「なるほど、あんたもそれなりに苦労してんだ」


「流石にナターシャには負けるよ。俺は恵まれていた方だ。今になって思い知るよ」


「じゃあダニー、あんたの戦う目的は自身の潔白証明の為か?」


「まあな。若干Mr.ウルヴァリンたちとは目的がずれるが、戦う相手は共通しているから手を組んでいる」


「そうなのか……しかし、よくそんなサイボーグの体になって絶望しなかったな」


「絶望?……確かにMr.ウルヴァリンたちに助けられて目覚めたときは自分の身に起きたことにショックは受けたが、正直いうとそこまで絶望という感情は生まれなかったんだよな」


「?何故だ?」


「俺は…「二回」死んでいるからだ」



 そういうとダニーは目元のバイザーを上げて、ナターシャに自身の素顔を見せた。ダニーの素顔を見てナターシャは思わず息を飲む。



「ダニー…あんた、その眼…!」



 ダニーの両目は赤く鈍い光を放っていた。両目の周りには痛々しい傷痕も残っている。恐らくかなり前に手術を受けたと思われるが、それでも傷の深さや大きさから失明相当の怪我を負ったことが伺い知れた。所々肌がくすんだ箇所があるが、涙が滲んで出来た痕のようである。



「俺はかつて訓練中の事故でご覧の通りの深傷を負った。辛うじて涙腺こそ残ったものの、結局義眼を強いられることになり、こんな醜い容貌になっちまった。それが一回目の死だ」


「死んだ、って……でも掃討作戦に参加できたってことは海兵隊として十分に戦えたはずじゃ……」


「違うんだ。戦えるか否かの問題じゃない。俺の中であのとき何かが確実に壊れて失われた。俺はもう今までの俺じゃない。残酷な現実を受け入れるまでに相当な時間が掛かった」



 ダニーは遠くを見据えるようにしてバイザーを下げた。そしてナターシャを再び見つめた。



「俺の人生で本気で絶望したのはそのときが初めてだ。もう俺の居場所や生きる価値なんてないってね。でもそれでも海兵隊にしがみつくことが出来たのは、俺の中のちっぽけなプライドだった」


「プライド……」


「俺には同じ海兵隊だった親父がいる。親父は誰もが認める英雄といわれ、俺も物心ついた頃からずっと親父を目指していた。でもこの眼になってから親父と同じ道を歩むことが閉ざされ掛け、誰からも後ろ指を指されるようになった。

 確かに絶望はしたが、何とか親父の背中だけは追いたかった。例えどんな体や姿になろうが、英雄の息子として恥じないように…」


「………」


「だがそんなちっぽけなプライドも先のミサイル攻撃による二回目の死で見事に砕かれたがね。おまけに数年間掛けて築き上げてきた居場所や仲間も一瞬にして失っちまった。

 しかしお陰で今は自分を誤魔化さずに、素直に生きている気がする。ようやく見えない呪縛から解放されて生まれ変わったというか。正直皮肉なもんだがな」



 ダニーは再び自嘲気味に笑った。するとナターシャが少し俯いた。



「あたしもダニー、あんたと案外同じだったのかもな」


「えっ?」


「あたしも「ブラッディ・レイン」の生き残りであるという、ちっぽけなプライドに突き動かされて復讐に身を捧げて生きてきた。でもサザンカと対峙した時に完膚なきまでに叩きのめされて、そのプライドも打ち砕かれた。

 あの時にあたしも一度死んだのかもしれない。あんたらに助けられなかったら、あのままどうなっていたか……想像するだけで寒気がする。……………あの時は言えなかったけど、助けてくれてありがとう………本当にもうダメかと思ったんだ……」



 ナターシャの眼からみるみる内に涙が溢れる。孤独に戦ってきて抑え込んでいた感情が溢れ出てきたようだった。ずっと弱味を見せずにいたナターシャの素直な姿を見て、ダニーは思わずナターシャの肩を抱いて慰めた。言葉を掛けるよりも先に体の方が動いていた。



「礼ならMr.ウルヴァリンにもいってくれよ。あの時彼が強く訴えなければ、俺はそのまま帰還していたからな」


「あのドラネコが?」


「まあ、彼らしくなく慌てていたからナターシャのことを気にはしていたんだろう。……とりあえず皆無事で本当に良かった」


「……そうだね、ダニー」



 ナターシャが涙を浮かべながらも静かに微笑んだ。忍者部隊を相手に戦い続けている女戦士とは思えないほど、とても穏やかな優しい表情だった。その様子を見てダニーもホッと胸を撫で下ろし、微笑み返した。



「あたしは、ずっと仲間を欲していたのかもしれない。自分は一匹狼なんだって強がっていたけど、今は何となくそんな気がするんだ」


「………仲間、か」



 ダニーもナターシャも思わず見つめ合った。そして何となくお互い照れ臭そうに目線を反らし、プッと同時に吹き出した。



「アハハハ、久しぶりだよ。人前でこんなに感情を出すなんて」


「俺も一緒だよ」



 そうして二人で笑い合っていると、突然足元から声が聞こえた。



「二人共いい雰囲気のところでお邪魔するけど、いいかな?」



 ダニーとナターシャが慌てて声の方向に視線を向けるとMr.ウルヴァリンがニヤニヤしながら立っていた。



「ど、ど、ドラネコ………」


「Mr.ウルヴァリン………いつから居たんだ……?」


「うーん、サイクロップス君の素顔を見るちょっと前くらいかな」


「……何でそのときに声を掛けてくれなかったんだ……」


「いやいや若い二人の邪魔をするのは気が引けたのでね。でもお陰で打ち解けられただろ?」



 Mr.ウルヴァリンはこの上ないくらい満面の笑みを浮かべている。その表情はからかっているようにしか見えない。



「こ、こ、この、このドラネコおおおお!!」



 顔を紅潮させたナターシャの怒声が部屋中に響き渡った。

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