その14
Mr.ウルヴァリンが意識を取り戻したとき、漆黒の闇の中にいることに気づいた。すぐに両目を暗視ゴーグルモードに切り替えたが、闇であることに変わりはなかった。
試しに前後の足を伸ばしてみるが、あらゆる方向においても何か障害物に当たってしまう。どうやら箱のようなものに閉じ込められたようだ。
「参ったな…本体に通信を送ろうにも完全に圏外のようだ。まずは此処から脱出しないと…」
Mr.ウルヴァリンが状況を打開しようと思案していると不意に視界が真っ白に明るくなった。慌てて暗視ゴーグルモードを切ると視界に黒い影が浮かんだ。
良く見ると先程、Mr.ウルヴァリンに不意打ちを喰らわせた研究員だった。名前は確か……ドクターストレンジだったか。まだ義体は完全に回復していないようで上手く動かすことができない。
「気が付いたようだね」
「此処は…どこだ。ドクターストレンジ」
「アレックス・ローだよ、黒猫君」
ローはMr.ウルヴァリンを箱から出すと手術台のような所に乗せた。工場のときは暗くて気付かなかったが、ローを見るに随分土気色をした肌に目は充血していた。一目で重病人のように見える。
ローは台の横の丸イスに座ると胸ポケットから錠剤を取り出すと、ゆっくりと口に含んで飲み込んだ。かなり苦しそうな表情を浮かべている。
「その様子じゃ、随分体が悪そうだな」
「さすがに分かるか、余命1ヶ月といったことだ」
「そんな重病でこんな所で研究員やってていいのか?」
「…私にはやらねばならないことがある。それまではまだ死ねない」
「さっき私に何か打ち込んでたな。あれのことか?」
「そうだ、私の最後にして最高傑作…」
「キングメーカーやら、キングブローカーとかいってたな」
「「キングブレイカー」だ」
名前を間違えられたローはMr.ウルヴァリンにすかさず突っ込みをいれた。Mr.ウルヴァリンは呆れたような溜め息をつき、ゆっくりと体を起き上がらせた。
「はあ……もう少しネーミングセンスをどうにかできんのかね」
「そのことは、ほっといてくれ」
「名前のことは置いといて、お前さんの傑作とやらは、もしやコンピュータウイルスの類いか?」
「ご名答。まだ未完成の代物だがね」
「私に打ち込んで効果があったのなら、きっとそうだろうと思ったよ」
Mr.ウルヴァリンは苦笑いしながらローの方を見た。ローはまだ苦しそうな表情を浮かべてはいるが、Mr.ウルヴァリンの回答には満更でもない様子である。
「会社には秘密とかいっていたが、知られるとまずいのか?というか何故私には教えるんだ?」
「順を追って説明しよう。まずキングスカンパニーにこの研究を秘密にしているのは私なりの会社への復讐だ」
「会社への復讐?」
「個人的な恨みさ。ま、他人が聞いたら呆れるだろうがね」
ローは自嘲気味に肩を竦めた。こんなコンピュータウイルスを裏で作り上げて復讐を企んでいる時点でローの会社への恨みは相当なものだろう。Mr.ウルヴァリンはあえて触れることを避けたが、ローは自分からこの話題を上げた。
「黒猫君にいっても仕方ないが、社長に恋人を寝取られたのさ。おまけにその恋人は後々自殺に追いやられたんだぜ?こんな大それたコンピュータウイルスを作る理由としては下らないだろうが、男の嫉妬ってやつは想像以上に根深いんだ」
ハッハッハと乾いた笑いを織り混ぜながらローは独り言のように続けた。時折涙声になっているようでもある。
「さて、もう一つの質問のことだが、君に私の研究を教えたのはこの研究を完成させてほしいからだよ」
「このキングブローカーを?」
「「キングブレイカー」だ。わざと間違えただろ」
ローは食い気味にMr.ウルヴァリンを咎めた。Mr.ウルヴァリンは舌を出してバレたかという表情を見せた。しかしすぐにMr.ウルヴァリンは真顔に戻った。
「しかし、なぜ私なんだ?」
ローはゆっくりと息を吐いた。病んでいる体を刺激しないように慎重に、時間をかけて。
「さっきも言ったが、私に残された時間は僅かだ。正直寿命が尽きる前に研究が完成するかは絶望的だ。彼女の…彼女が作ったコード配列がどうしても必要なんだ。未だに彼女の遺品や残したデータを探しているんだが見つからない」
「彼女っていうと、社長に寝取られたっていう?」
ローは黙って頷いた。心なしか先程よりも表情は更に暗くなっているように見える。
「彼女は天才的なプログラマーであり、キングスカンパニー社製の警備用ドローンとそれを連動させる中央集中型のAIを開発していた。
ただ彼女には野心家の一面が強くてね。出世のためなら社長に自分の体を売ることも厭わなかった。最終的に一研究員でしかない私を捨てて社長夫人にまで登り詰めた」
「しかし、さっき彼女は自殺に追いやられたとかいってなかったかね?」
「…そうだ、全ては「ウロボロスの終末」事件が原因だ」
Mr.ウルヴァリンは俯いて自身の過去を思い出していた。突然意識を失い、自分の意図しないドローンたちの暴走を引き起こし、多くの犠牲を出した忌まわしき事件…
「彼女が開発し、運用を統括していたAIの制御が突然出来なくなった。公式にはテロリスト集団によるハッキングで引き起こされたとしているが…真相は違う」
ローは身を乗り出すようにしてMr.ウルヴァリンに顔を近づけた。その表情は鬼気迫るものがある。
「そもそも「ウロボロスの終末」自体が捏造されたものだ」
「…やはりそうだったか、私の仮説通りだ」
「あれはハッキングによるものではない、暴走を引き起こしたのは……」
「まさか「キングブレイカー」……!?」
Mr.ウルヴァリンが食い気味にローの発言を遮った。




