その10
Mr.ウルヴァリンがドローンの製造ラインの深部へ向かう途中、管理室の明かりが消えていることに気づいた。ミス・ジェーンへの報告中に管理者が出ていったようである。
しかし、そんなことには構わずMr.ウルヴァリンはベルトコンベアと巨大な動力炉の間をぬって歩を進めた。両耳から発している妨害電波の適用時間が迫ってきているためである。
しばらく行くとベルトコンベアの先に幾つかの大型モニタと大がかりなスーパーコンピュータかサーバの一団が見える開けた場所に出た。どうやらここが製造ラインの中枢らしい。
「此処も画像に納めて、と」
Mr.ウルヴァリンが両目をカメラアイモードに切り替えようとしたとき、突然製造ラインがストップして照明が焚かれた。
Mr.ウルヴァリンがハッと後ろを振り返ると白衣を着た白髪混じりの白色とアジア系のハーフと見られる男性研究員が立っていた。歳は40~50歳代と思われる。
(しまった、妨害電波の残り時間を気にするあまり、管理室の変化のことをないがしろにしていた)
Mr.ウルヴァリンは研究員に体を向けて身構えた。しかし研究員は臆することなく、Mr.ウルヴァリンに近づいてくる。
「おやおや黒猫か。どこから紛れ込んだ?こんな地下25階の工場に動物がいるなんて、連れ込まない限り本来はあり得ないんだがね。これからCEOが客人を連れて此処を訪問するのにあんまりよろしくはないな」
研究員はMr.ウルヴァリンに向かって話しかけてきた。どうやらMr.ウルヴァリンの様子を隠れて伺っていたようだ。
(どうする?このまま只の迷い猫として黙って押し通すか?)
Mr.ウルヴァリンはこの状況をどう打開するか思案した。しかし、研究員は尚も会話を続ける。
「意図的に此処にいるのなら君は恐らく本物の黒猫ではないだろう。この工場に潜入した上に迷わずこの中枢まで向かってきたのだからね。新型のロボットか?もしくはドローン?どうやらスパイの類いと見えるな」
「……これは恐れ入ったな。バレた以上は私の負けだよ」
Mr.ウルヴァリンは観念して研究員に向かって口を開いた。研究員は一瞬驚いたが、すぐに平静に戻った。
「中々良くできているな。自我のあるロボットとはね」
「ハズレ、本体はAIだ。あくまでもこの体は仮の姿だよ」
「なるほど、合点いった」
「で、私をどうするつもりだね、ドクターストレンジ」
「ジョークのセンスも中々だな。気に入ったよ、黒猫君」
「Mr.ウルヴァリンだ」
「ほう、アメコミ好きか。益々興味深い」
「一つ確認したい。此処は研究施設と聞いていたが、実際には大がかりなドローン製造工場のようだ。まるで戦争を起こすみたいな数だが、何故こんなことをしている?」
「此処は工場と研究施設の両方を兼ねている。君が見たのは極一部の施設に過ぎない。工場自体は今のCEOの肝煎りで作られたものだ。あくまでも商品の一部だと私は聞いているがね」
「なるほど。それほど広いなら全て見て回るにはとても時間が足りないな」
「では私からも一つ尋ねたい。一体何故此処に潜入したのかね?」
「「ウロボロスの終末」事件のことを知りたくてね」
「「ウロボロスの終末」事件…?」
研究員の顔が明らかに曇り出した。どうやら思うところがあるらしい。
「「ウロボロスの終末」と直接関係があるかは分からないが、此処の工場の画像はもう転送させていただいたよ」
「他に仲間がいるのか。ま、AIだけで勝手に動くとは思えないから当然か」
「さて、と私をどうする気だ?ドクターストレンジ。念のため言っとくが、私を壊しても本体は別にあるから意味はないぞ」
「アレックス・ローだ。この研究施設の主任研究員をしている。君を壊す気はない。ただ私の研究を完成させたいのだ。この会社はおろか、今のCEOすら知らない極秘の研究だ」
そういうとローは右手でMr.ウルヴァリンの頭を撫でるように触れた。そのとき、
チクッ
何かが刺さる感覚があった。ローが右手を引っ込めたとき、袖口に注射針の様なものが見えた。
するとMr.ウルヴァリンの両目の視界に破線のようなものが写り混み始めた。次第に両耳からノイズまでもが響き出し、完全に視界がボヤけてきた。ついには体が硬直しだし、立っていることができなくなって、その場に倒れこんだ。
「い、一体…私に何をした…んだ…?」
「これが私の研究だよ。いずれにしても早く完成させなければいけない。私に残された時間はあと僅かだからね」
そういうとローは胸ポケットから錠剤を取り出し、口に含んだ。もがき苦しむMr.ウルヴァリンを尻目にゆっくりと飲み込んだ。
「…ダメだ…体はおろか本体と通信すらできない……このまま逃れられないとでもいうのか…」
Mr.ウルヴァリンは床に倒れたまま、機能を停止した。ローはその様子を見て、Mr.ウルヴァリンの体を拾い上げた。
「そうだ、これこそ私の研究の集大成、「キングブレイカー」だ」
ローは動かなくなったMr.ウルヴァリンを連れて工場の出入口へと歩を進めた。




