その8
Mr.ウルヴァリンはナターシャに自分の正体並びに此処に至るまでの経緯と目的を簡単に説明した。対してナターシャはというと、話に興味があるのかないのか適当な相槌を打っては辺りの様子を伺っていた。
「…で、今からこのキングスカンパニーの研究施設の扉に入るところなんだが、困ったことが一つあってね」
「此処のセキュリティのこと?」
「ま、そんなとこだね。そこの扉なんだが、見ての通り10キーと指紋認証の二段階のセキュリティになっている。正直10キーの方は少々時間を掛ければ問題ないが、指紋ばかりはこちらで用意できなくてね」
「猫型ロボットならどこかの隙間から侵入とかできないのか?」
「ずいぶん簡単にいってくれるな。それが出来たら苦労しないよ」
「で、必要なのは指紋だっけ?」
そういうとナターシャが徐に地面の残されたままになっている忍者の片腕を拾い上げて、掌を露出させた。幸い手には殆どレーザーの火傷は無かったようだ。
「これならどう?」
「どう?って…そもそもさっきの忍者の指紋が使えるのかね?確かにキングスカンパニーと関係あるかもしれんが、そんな簡単に開くわけないだろ」
Mr.ウルヴァリンの突っ込みを尻目にナターシャが忍者の片腕の掌を扉の指紋認証の画面に押し付ける。すると…
「パスコードの入力を許可します」
というアナウンスともに10キーが発光した。
「おいおいおい、冗談だろ……そんな簡単なことがあるのかね」
Mr.ウルヴァリンが頭を抱えてナターシャを見上げた。ナターシャはどや顔を浮かべて、用済みとなった忍者の片腕を暗闇に放り投げた。
「はあ…礼をいう。とりあえずコードのパターンを絞って…と」
Mr.ウルヴァリンは少しの時間を掛けてコードの当たりを付けるとナターシャに入力を依頼した。ナターシャが入力を終えると扉が開かれた。
扉の先は無機質な空間が漂っており、ポツンと突き当たりに下り用の階段とエレベーターがあった。
「さ、行こうか…ってあれ?サラ?」
「あたしはそろそろ失礼するよ。セキュリティがまた復旧したらレーザーの餌食になるのは目に見えているし」
「行かないのか?てっきり同行するかと」
「悪いけど、あたしの目的はキングスカンパニーの所業を暴くわけじゃないからね。さっきの忍者のボスを探さなきゃいけないんだ」
「さっきの忍者はキングスカンパニーに関わってるのかもしれんのだぞ?目当てのボスだっているかもしれないわけだし、私と一緒に来たらどうだい?」
「やだよ、あたしは群れるのは性に合わないんだ。それにどちらにせよ、奴は此処にはいないだろうよ。あたしはもう少し他を当たる」
「…ま、無理に引き留めても変わらんか。これからの健闘を祈る、サラ」
そういうとMr.ウルヴァリンは前足を片方上げた。握手のつもりらしい。
「だから、あたしはナターシャだよ」
呆れた声で頭を掻いてナターシャはMr.ウルヴァリンの前足を右手で握った。
「AIだろうが、ロボットだろうが関係ないだろうけど死ぬなよ。ドラネコ」
そういうとナターシャは暗闇の中へ歩を進めた。 Mr.ウルヴァリンはナターシャの後ろ姿を見送るとゆっくり扉の向こうへと入った。
「私の妨害電波の適用時間が残り20分といったところか。早いとこ証拠探しだな」
Mr.ウルヴァリンは監視カメラや盗聴マイクの有無を慎重に見極め、階段を下っていった。
…………………
「ふう……一体何だったんだ、あのドラネコ」
ナターシャは道すがら愚痴を溢しながら次の手掛かりを求めて庁舎を出てバイクに跨がった。バイクを発進させて街中に戻ろうとしたとき、喧しいくらいのヘリのローター音が頭上から聞こえてきた。
「ヘリ?何でこんなところを低く飛んでいる?」
ナターシャは先程の庁舎へ向かって低空飛行しているヘリにキングスカンパニーのロゴがあることに気づいた。そしてそのヘリに乗っている人物の影を見て、道路の途中でバイクを急旋回した。再び庁舎へと戻るためである。
「まさか、な。あのドラネコのいった通り一緒に行くべきだったか」
ナターシャはバイクを飛ばしながら頭上のヘリの行き先を追った。