その7
片腕を失い、半狂乱で悶絶する忍者を尻目にサラ・コナーもといタンクトップ姿の女戦士は暗闇からゆっくりと迫ってきた。その手には大振りの日本刀が握られ、先ほどの不意打ちの痕跡か血が滴り落ちている。
「貴様、何者だ…」
「あんたの敵だよ」
そう言いきると女戦士は迷わず忍者のマスクを両断した。マスクが割れると長髪を無理矢理結ったちょんまげ姿の髭もじゃの男が顔を覗かせた。
髭のせいでハッキリしないが、意外と若いようだ。男は痛みと屈辱で苦悶の表情を浮かべている。
「正直あんたに用はないけど、生かしてやったからにはあんたのボスに言伝だけしな。「ブラッディ・レイン」が必ずあんたを殺しにいくってね!」
「貴様…「主」に逆らう気か…?」
「フン、知ったことじゃないね。あたしとあんたのボスの問題に口出しするんじゃないよ!」
そういうと女戦士は忍者の残っているもう一つの片腕に日本刀の切っ先を向けた。どうやらこれ以上戦う気なら切り捨てるという警告らしい。
「ぐっ、この女…覚えてろよ……きっと後悔するぞ…」
悔しそうな表情を見せた忍者はゆっくりと暗闇の中へ消えていった。忍者の姿を見えなくなると女戦士は刀の血を振り払い、背中に括りつけた鞘に納めた。
「さて、と」
そういうと女戦士はMr.ウルヴァリンに顔を向けた。Mr.ウルヴァリンは先程の光景を目の当たりにして若干固まってしまっていた。
「あんたは一体何者だい?何か喋れるみたいだけど、ロボットか何かの類い?」
「…君は驚かないのか?目の前の黒猫が喋っているというのに」
「別に。ドローンやロボットが幅聞かせているこの世の中じゃ、猫が喋る程度では今更驚かないよ」
「はあ…全く世も末だな」
Mr.ウルヴァリンは呆れたように女戦士を見上げた。彼女はやはりこの庁舎に来る前にすれ違ったノーヘルのバイクの女だった。長い棒状の荷物は日本刀だったようだ。
「とりあえず助けてくれた礼はいうよ、ありがとう」
「別に礼には及ばないよ。あたしの狙いはアイツだったし」
「知り合いなのか?」
「アイツ自身のことは知らないけど、アイツのボスは知り合いだよ」
「バーから私を尾行していたもう一人の追跡者は君だったのか」
「やっぱり気づいていたんだ。あんたを泳がせていたのはアイツを誘き出すためさ。別にあんたに用はない」
「…私は囮か…」
Mr.ウルヴァリンは深い溜め息をついた。驚かないにしてもよく喋る猫が珍しいのか女戦士がマジマジと見つめている。
「そうだ、自己紹介を忘れていた。私はロボットではなく本体はAIだ。名前は…」
「ああ、待って。話が長くなりそうなら、何て呼んでいいかだけ教えて」
女戦士がMr.ウルヴァリンの話の腰を折って割り込んだ。Mr.ウルヴァリンは目をぱちくりして、軽く咳払いした。
「失礼…私のことはMr.ウルヴァリンと呼んでくれ」
「ウルヴァリン…?ああー、アメコミ好きなのか」
「まあね、本名が長いと苦労するよ。ひとまずよろしく、サラ・コナー」
「はあ???」
サラ・コナーと呼ばれた女戦士が抗議の声を上げた。どうも激しく不満らしい。
「誰がサラ・コナーだ。勝手に人の名前を呼ばないでくれる?」
「いやあ、どう見てもその容姿はサラ・コナーだろう。いや、もしくはララ・クロフト?」
「はあ……あたしはナターシャ。ナターシャ・ソウル。見ての通り傭兵をやってるよ」
ナターシャと名乗った女戦士は呆れてMr.ウルヴァリンに自己紹介した。
「これは失礼した。ブラックウィドウの方だったか」
「はああああ??何でそうなるんだよ!?」
「でもブラックウィドウより、サラ・コナーの方が君にはお似合いだな。やはりサラにしよう」
「コラ!人の話を聞け!!ドラネコ!」
ナターシャは勝手に話を進めるMr.ウルヴァリンに向けて怒鳴った。