その4
Mr.ウルヴァリンの潜入とほぼ時同じくしてダニーとミス・ジェーンの潜伏先にて…
「ダニー、新作の義手の調子はどう?」
「驚いたな…まるで健常だった頃とほぼ遜色がないくらい精密な動きができるようになるなんて。
しかもこんな短期間でここまで回復させてくれるなんて。本当にあんたは天才だよ、ミス・ジェーン」
ダニーはミス・ジェーンが製作した義手を使って指一本の動作を入念にチェックしていた。
「褒めていただいて光栄ね。回復が早いのはあなた自身の努力でもあるわよ。でもその表情を見るとやや不満があるんじゃなくて?」
ミス・ジェーンがイタズラっぽくダニーに問いかけた。ダニーは心の内を見透かされたことを驚くと共に若干顔を赤らめた。
「…おほん。そうだなぁ、ちょっと義手の重量が重いかな。武器を取り出すタイミングが頭で思ってからラグがあるように感じる」
「さすがね。内蔵武器を減らしていいなら軽くできるけど、どうする?」
「お願いする。少しでも敵より早く攻撃できる方がいい」
「任せて」
ミス・ジェーンはダニーの両腕の義手を丁寧に外すと義手の中に収められた武器を一つ一つ取り出した。
「…なあ、ミス・ジェーン。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」
手持ち無沙汰になったダニーが何気なしにミス・ジェーンに問いかけた。
「あら、なにかしら?」
「あんたは何でサイバネティックスの分野にいこうと思ったのかなって、ね」
ミス・ジェーンは義手の調整の手を止め、額に指を当てて少し何かを考えてからゆっくりと答えた。
「えー、と……私の父は優秀な警察官だったんだけど、交通事故で半身不随の障害持ちになってね。それが切っ掛けで福祉分野に興味を持ったの。最初は介護とかリハビリ系を考えたんだけど、次第に再生医療の方面に進むことに決めてね。
その結果がサイバネティックスだったのよ。たぶん父にもう一度健常者と遜色のない生活を送らせてあげたい気持ちがあったんだと思う」
「父親想いなんだな」
「……結局私がサイバネティックスの分野に進む前に父は亡くなったけど、私は今の道に進んだことに後悔はしてないわ」
「そうか…」
ダニーはミス・ジェーンの過去を聞きながら少し肩を落としていた。そんなダニーの様子をミス・ジェーンは怪訝そうに見た。
「どうしたの?急に元気がないようだけど」
「いや、ミス・ジェーンが自分の確固たる意志を持って今の道を進んでいることを聞いて俺自身のことを考えてたんだ。あんたが羨ましいな、って思ってね」
「羨ましい?私が?」
ミス・ジェーンの脳裏に巨大なクエスチョンマークが浮かんだ。
「俺の親父も海兵隊で、しかも数多くの勲章を受けた英雄だったんだ。俺にとって自慢の親父だし、そんな親父の背中を見て育ってきた。俺も親父のような英雄になるんだ、って」
ダニーはミス・ジェーンに表情を悟られないよう顔を下に向けた。
「確かに親父の背中を追って俺は海兵隊に入った。でもある時気づいた。これは本当に俺の意志なのかって。親父も含め周りの人間の目や期待を俺は無意識に気にしていて本来の自分を殺している気がしたんだ…自分が自分じゃないような気がしてね…」
ミス・ジェーンは黙ってダニーの話に耳を傾けていた。
「その矢先、俺は訓練中の事故で失明寸前までいったことがあった。このバイザーはその名残さ。その事故は俺にとって自分の人生を見直す切っ掛けになった。
俺は、親父のようにはなれない。でも親父の顔に泥を塗るわけにもいかない。俺は何かの呪縛に取りつかれてる感覚が芽生えてきたんだ」
ダニーは顔を上げるとミス・ジェーンの顔を見据えた。
「ミス・ジェーン、俺があんたを羨ましいと思ったのはそういうことさ。あんたは一本通った芯を持っているが、対して俺は何もかも中途半端な死に損ないって訳さ」
ダニーは自嘲気味に笑った。
「あら、それならあなたはなぜ今ここにいるのかしら?」
「えっ?」
「裏切り者扱いされても生きたいから、逃げた。そして私たちに助けられたでしょ」
「まぁ、そうだが…」
「その時点であなたはお父上とは違う道を生きることを決断したんじゃないかしら」
ダニーは少佐に裏切り者として断罪され、攻撃を受けたときを思い返していた。確かにあの時自分は親父とは違う道を生きることを選択した。そしてそれを証明するためにドッグタグを投げ捨てた。
「…あんたのいう通りだ、ミス・ジェーン…」
ダニーはバイザーの奥から液体のようなものが垂れてくる感覚に気づいた。
涙が溢れ出てくる…
最後に泣いたのはいつの日だろう。ライナスが死んだときもショックは受けたが、涙は流れなかった。戦場に赴く以上、死は覚悟の上だからであった。でも今は違う…言葉にできない感情…
「ダニー、ありがとう。あなたのことを教えてくれて」
ミス・ジェーンは穏やかに微笑みながら、涙を流し続けるダニーを優しく抱擁した。