その3
キングスカンパニーの本社はロサンゼルスの中心部にあるタワービルである。タワー全体が巨大なオフィス兼研究施設を兼ねているが、基本的に誰でも立ち入りできる見学スペースがあり、平日でも市民や観光客がごった返している。
しかし、一般人が見学できる箇所はごく一部であり、他の階層や研究室そのものは完全に秘匿されている。
当然機密事項を保持するためのセキュリティは猫おろか蟻の子すらも通ることを許されないほど、極めて強固である。実際に侵入を試みた産業スパイがいたらしいが、全員あえなく御用となり未だ突破された形跡はない。
だが、先のガンビットこと情報屋のギャンブラーからの情報を基にMr.ウルヴァリンが向かっているのは本社のあるロサンゼルスとは真逆の方向にある小さな田舎町だった。
とはいうものの、肝心の目的地はロサンゼルスよりも500キロ以上先である。
Mr.ウルヴァリンの黒猫の体で移動するにはあまりにも遠い距離だった。
「こりゃ参ったな。幾ら休みなしで歩いたとしてもこの体の歩みじゃ全くいつになることやら…」
Mr.ウルヴァリンは早くもボヤキつつ、それでも歩を止めず進み続けた。
さすがに途中で停車している長距離トラックの中に紛れ込んだり、貨物列車の貨物に潜んだりしてある程度の距離は稼いだ。
とはいえ結果的に目的地到着したのはダニーとミス・ジェーンと別れてから実に10日は経過していた。
「ようやくスタートラインにつけたか。私はAIだから疲れという感覚は分からないが、骨が折れるというのはこういうことなのかな」
Mr.ウルヴァリンは半ばゴーストタウンと化した田舎町のボロボロの看板を見ながら呟いた。
この田舎町はかつてのゴールドラッシュで多くの人々が集まってできた町であり、ゴールドラッシュが下火になった後は炭鉱の町として栄えていた。しかし大戦後に廃鉱となった後は徐々に人口が減っていき、近年ではごく一部の老人たちがひっそりと暮らすだけになっている。
そんな町に最近キングスカンパニーの人間が足しげく通っている姿を見たという情報があり、極秘で調査を進めたところ研究施設が秘かに建設されていたらしい。
町の人々は余所者に対して非常に警戒心が強いものの、前もって入念に根回しをしていたのかキングスカンパニーの研究施設に関する情報は完全に口止めされていた。それどころか寂れ行く町に対する救世主と見る者もいるのだという。
「この町の人間も下手したら敵と見た方が良さそうか。これからは慎重に動かないといけないな」
Mr.ウルヴァリンが町の中心部へと歩を進めたとき、ノーヘルの一台のバイクが通りかかった。
バイクに乗っているのは黒髪の長髪をポニーテールに結んだ若い女性である。一瞬の姿ではあったがラテン系の端正な顔立ちとはアンバランスな屈強な肉体であり、タンクトップから覗かせたタトゥーの入った両腕は逞しく歴戦の勇士の風格が漂っていた。バイクの後方には長旅用のバックパックと長い棒状のものが見えた。
「なんだなんだありゃ、まるで女ランボーか、サラ・コナーだな」
猛スピードで去っていくバイクを呆然とMr.ウルヴァリンは見送った。
「…しかし、さっきのバイクの女…どっかで見た気がするな」
Mr.ウルヴァリンは思考を巡らせたが、結局思い出せなかった。ともかく目的である研究施設の捜索を始めることにした。