その2
Mr.ウルヴァリンの問いかけに対して、追跡者からの反応は無かった。その代わり場末の人気のない寂しい通りの不気味な静寂が漂い続けた。
「…気のせいか」
Mr.ウルヴァリンは独り言のように呟き、再び歩を進めた。しかし、誰かに後をつけられているような感覚は拭いきれなかった。
(どうやら慎重にこちらの後をつけているようだな。それも一人じゃない、二人といったところか)
Mr.ウルヴァリンは歩きながら思案すると不意に通りを逸れて細い路地に入った。その後をサササっと小さく風を切るような音が追う。音の主が路地に入るとそこにはMr.ウルヴァリンの姿は無かった。
『…やられたか』
追跡者が辺りを注意深く見回していると…
「こそこそ隠れてつけてくるとは感心しないね。用があるなら、さっきのバーで話してくれても良かったんじゃないかい?」
追跡者はMr.ウルヴァリンからの突然の呼び掛けに動揺したのか腰から長めの武器を取り出し、構えた。形状から察すると剣か刀のように見える。
マスクのようなものを着けているので追跡者の顔までは判別できないが、闇に紛れやすいように全身黒に統一したタイツスーツに身を包み、防御よりも機動性に特化した様相である。その姿形はまるで…
「忍者、といったところか」
「貴様…どこにいる?」
「敵対心丸出しの人間にわざわざ居場所を教えると思うかい?」
「そう、か。ならば仕方ない!!」
追跡者は刀を前に向けて構え直したかと思いきや、いきなり路地横に放置されているゴミ箱を迷うことなく両断した。一瞬早くMr.ウルヴァリンがゴミ箱から飛び出し、路地の塀に着地した。
塀の向こうは通りの人間が利用している飲食店の調理場らしく、フライパンが焼ける音とホールに向けたコックの怒声、そして香ばしく食欲をそそる匂いが漂ってきた。が、しかしそんなことに気を留めている場合ではない。
「…驚いたな…判断が遅かったら一瞬であの世行きだったよ。これは失礼した、君のことを甘く見ていたよ」
Mr.ウルヴァリンは冷静に返事をしたが、その実彼らしくもなく激しい動揺を覚えていた。目の前の相手が今までに収集し、分析した幾多の戦闘や兵器の情報でも対応できないタイプだったからである。
(あれほどのスピードと判断力、そして洞察力、並みの人間ではなさそうだ。サイボーグの類いだろうが、ああいうタイプはストームからも聞いていないな…恐らくは新型といったこと、か)
Mr.ウルヴァリンは相手の忍者を分析しつつ、次の一手を考えていた。
(どう動こうか、私よりも相手のスピードの方が上のようだな。と、なると正攻法で突破するのは吉ではなさそうだな)
Mr.ウルヴァリンが思考を巡らす間も相手の忍者は構えの姿勢を崩さず、ジリジリと近寄ってくる。次に動いたときに勝敗が決するといっても過言ではないだろう。
(まずいな、早くも大ピンチじゃないか。どうにか対処しないと大見得切った手前、ストームに顔向けできんな)
そんなMr.ウルヴァリンの葛藤を他所に忍者はジリジリと近づき、そして歩を止めた。どうやらMr.ウルヴァリンは相手の射程に入ったようだ。
「言い残すことはあるか?」
相手の忍者が勝ち誇ったような声でMr.ウルヴァリンに問いかける。Mr.ウルヴァリンは塀をチラリと見て、
「残念ながら、ない。一思いにやってくれ」
「いい覚悟だ」
そう言いきると忍者は迷うことなく、Mr.ウルヴァリンに向けて刀を振った。刀の動きに合わせMr.ウルヴァリンが塀から飛び降りる。その次の瞬間、爆発音と激しい炎が忍者を包み込んだ。
「な、なにぃ!?」
想定外の出来事と自身を包む炎を惑わされ、やむを得ず忍者はローリングして一旦場を離れた。
「…やれやれ、何とかしのげたか」
Mr.ウルヴァリンは側溝に身を潜めて、忍者が離脱するのを見届けた。Mr.ウルヴァリンの狙いは自分に斬りかかる際に塀の先にある調理場のガス管ごと相手に斬らせることだった。
炎の出方は予想以上だったが、何とか一矢報いた。が、しかし尻尾が半分ほどキレイ切り取られてしまった。
「…全くカッコ悪いったらありゃしないな」
Mr.ウルヴァリンはボヤキながら、慎重に側溝から出ると再び通りに戻った。先ほどの爆発騒ぎで警察や救急隊がごった返す中をすり抜け、キングスカンパニーに向けて歩を進めた。
その様子をもう一人の追跡者が野次馬の中から秘かに見ていた。