第9話 宝石魔法と乙女の熟考
「リリアナ? 大丈夫かい?」
わたしは歩廊の小壁体に、可憐な身体をもたせかけ、瞳をとじて息を吐く。
城塔の舞踏会からの帰り路、城壁の歩廊の上にいる。夜風がわたしのながい髪、さらりとなびかせ、流れてく。
くらりと目まいの魅惑の乙女よ。
……やれやれ、燃費のわるいこと。これじゃどこかの勇敢な竜ね。
「ベーネよ、ブロー。もう寝る時間だってだけ」
「あんなに寝たのに!?」
「だってわたしは十六歳の乙女だからね! 成長盛りよ、寝る子は育つの」
「えぇ……」
わたしは震えを押さえこみ、ぐいと頭を持ちあげた。
黄金の星が輝いている。
ベーネよ、ほんとに、モンケーㇵ。だからそんなに哀しそうにね、瞬かなくっていいことよ。
わたしは銀のロケットを、そっと握って歩きだす。
わたしは独り。最後のひとり。こんなところじゃ終われないのよ。
お昼まえのひとときに、わたしはお室で魔法を試す。
《開け魔法陣!》
――コゥ……
わたしの足もとに赤く光った、魔法陣が描かれる。自動描画の簡易型。
ええと、大アルカナは運命、小アルカナは予知、アマンディヌスを正位置に、ケロニスを逆位置にふたっつ。魔法陣を調整し、宝石をそれに配置して……サイエ!
《たゆたう流れの時のなか、ほんのすこしの――》
――ばきんっ!
「わお」
宝石触媒のアマンディヌスが、粉ごなになって弾けとんじゃった。
触媒なくした魔法陣、千ぢに乱れて消えてゆく。中級呪文の《予見》ていどじゃ、まるで相手にならないわけね。ようするに、“ずるっこはだめ”
「“ゆっくり急げ”ね。近路なんか、ないってことか」
わたしはベッドに腰かけて、魔法書をぽいっと放りだす。
「リリアナ? いまのは?」
ブローが慌ててぴょこぴょこと、室の彼の居場所のクッション、蹴たおし転がしやってくる。
「呪いの正体を見破ろうとね」
「でも、だめだった?」
「うん。地道にお勉強するしかなさそう」
「うへぇ……がんばって」
カエルさんは勉強ぎらい。ご本をひらくと逃げちゃうの。こんなに面白いのにね。エストラーノ!
ちっちゃな欠片と粉微塵。わたしはぱっぱかお掃除してから、ベッドにダイブで、ため息ひとつ。
いくらぱっと使えるからって、宝石触媒は気が滅入る。どんどん消えてく綺麗な石たち。ああ、ケファマーレ。
わたしが好んで使ってるのは、“宝石魔法”と呼ばれる系統。触媒の希少さと高価さにみあった、呪文構築スピードが売りよ。
おんなじ魔法現象を、べつの系統で起こしてもいいけど、なんだかんだと制限があって、わたしの事情じゃちとキツい。お城にゃエーㇵブ生えてないし、月齢に縛られてちゃ身動きもとれない。お歌だダンスだ数字だと、儀式している暇もない。
それらに比べて宝石魔法は、贅沢なぶん、プレミア速度で縫いこめる。いわゆる課金なんとかよ。さみしくなったお財布の、侘び寂びという現実からね、“侘び石魔法”とか呼ばれてたりも。
わたしはベットから手を伸ばし……伸ばし……届いた。ちいさな箱をぱかっと開けて、残った石を放りこむ。箱のなかには宝石ぎっしり。きらきら光ってベリッシモ!
……まぁ、もらい物だから。箪笥の肥やしにするよりも、よっぽど有意義な使い方よね。たぶん。
そう思わないとやってられない。この侘び寂びな気持ちこそ、詫び石魔法の神髄なのね。魔法の深淵、我見たり!
わたしは机でお手製の、羊皮をたばねたノートを広げる。羽ペンで結果をぱぱっと書いて、呪いの考察を続けるの。
死の呪い。生きてるひとをゾンビにしちゃう。これはわからないでもないわ。死霊術の系統に、そうした呪いは幾つかあるもの。でも、あの復元というのがわからない。
銃で撃とうが銃剣で斬ろうが、しばらくたてば元どおり。でも、それだけじゃない。
服も直るし、周囲の痕跡も綺麗さっぱり、消えてなくなる。グラㇲが割れても、花瓶が割れても、壁に穴が開いたって、それは気がつきゃ直ってる――
これがよく分からない。
お掃除魔法なんかの《修復》に似てるけど、そんなものでは、きっとない。だってあれは、材料いるし。なにより逐一、設計図どおりに、触媒で路筋つくらなきゃ。
だいたいゾンビって修復したら、また動きだすものかしら? ていうか、ゾンビって修復できるの? あれいちおうナマモノじゃない?
だからわたしは、いまのところは、時の魔法を疑っている。いわゆる巻きもどりってやつ。
でも、時の魔法は難しい。《ラグ゠デュガの逆しまの時》とか、《オーグルボーンのあべこべ再起》とか、そうしたものは禁忌の部類。上級呪文の大魔法。
わたしはやっと中級まできたけど、上級については知識が甘い。でも、ざっと読んだ限りでは、どれも継続性がない。こうまで繰りかえしが続くのは、ちょいと考えにくいわね。
なにかを起点に自動発動? そんなこと編みこめるの? 入れ子式のツァウヴァーカステン。難解すぎて理解できない。
《ル゠ログの時の牢獄》……いや、それもないか。あれの対象は個人だし、その間あいては消えちゃうしなぁ。
うーん、あとなにか忘れてる気もするけど、もう頭いっぱい。
……これ初学者がやる試験じゃなくない? 賢者クラスよ。レストンヴィー!
わたしは羽ペンを指で弄び、くるくる回して……あっ、インク。汚れた。オゥディア……。
ノートの汚れを吸いとり紙で、押さえながらにわたしは思う。禁書庫のご本も好きほうだいに、読みあされるのはいいご身分よね。図書館の、開かずの扉の奥にあったの。ふつう絶対さわれない。
この状況は図書館ねずみには、天国みたいなものだけど、そうも言ってはいられない。ヒントもなしに難解な、謎をひとりで解きあかさなきゃ。
うすねずみ色のコートを被って、王子さまの寝込みを襲って、ヒントのひとつも訊きたいところよ。
せめて司祭さまがご健在なら。ピュハェ、わかんない!
クッキー囓って、お紅茶のんで、気分を入れかえ、再びノートへ。
それにしても、女神さまか……。正直いえば、勝てるあいてとは思えない。まいった。白旗。でも、やらなくちゃ。これはわたしのお仕事だもの。
まとめよう。わたしの目標はおおきくふたつ。
ひとつはこの厄介な呪いを調べて、解呪方法を発見すること。もうひとつは、呪いの元凶たる夜の女王とかいう女神さまを倒すこと。つまり元凶の排除よね。このふたつ、どちらが欠けても意味をなさない。
わたしが誰かを解呪して、人間に戻したとしてよ? まぁ、大前提として、死者を蘇らせられるのかって話ではあるけど。もちろん、わたしの癒しの力じゃ、まったくできない無理なこと。あれはあくまで生きてるひと向け。
そして、死者復活の魔法もない。過去、復活の奇跡というお話は、いくつか伝承にあるけれど、魔法としてそれを成したというお話は、ついぞ聞いたことがない。
研究してたひとたちは、実はいっぱいいたけどね。いわゆる禁忌の黒魔法。悪い魔女や魔法使いたちが、こぞってやらかす定番の悪事……らしい。らしいというのは、わたしがご本で読んだだけだから。
死者復活に成功した! って喧伝するお騒がせさんは、いつの世だっているけれど、それが実証されたことはない。だから死者復活の魔法はね、いまのところは存在しないとみていいわ。
まぁ、そこはおいおい考えるとして……いや、それだってとんでもなく重大事だけど、そもそもそれが出来ないならば、わたしは世界を癒やせない。詰みよ。
ええと、それで、なんだっけ。……そうだ、わたしが誰かを解呪して、人間に戻せたとして。
このへんてこな呪いの元凶が、生者を許すはずがない。かならずなにかのいじわるな手口で、またゾンビにしようとするはずよ。あるいはもっと酷いなにかを。
わたしは女神をむこうにまわして、誰かを守護れるほどうぬぼれてない。だから、解呪と排除はふたつでひとつ。
夜の女王という魔女が、説得したり、ぶんなぐったりした程度で改心してくれるんなら、それに越したことはないけど。まぁ無理よね。
あいては世界をほろぼして、世界中のひとたちを、死んだ後も苦しめる、死をもてあそぶ死神だもの。老若男女の別もなく、幼い子や赤ちゃんに至るまで、容赦しなかったくらいだものね。
並のひねくれかたじゃない。どんな理由があったにしても、やりすぎなんてものじゃない。ネジが数百万本は、ぶっとんでいるあいてだわ。たぶん会話も通じない。レストンヴィー!
つぎ。解呪方法について。解呪方法が儀式になるのか、魔法薬になるのかは、いまは見当もつかないけれど、仮に一度にひとりとかだった場合、どうするか。
これにはアイデアがないでもないわ。魔女……は、お話きいてくれるかわからないから、とりあえず魔法の使い手を、優先的に復活させる。
そのひとに、解呪方法を伝授して、つぎの魔法の使い手に、おんなじことをしてもらう。そうして解呪できるひとを、ねずみ算式にふやしていけば、いつかは世界中にひろがる……はず。
まぁ、何世代もかかるかもだけど。
もんだいは、ゾンビにさわれるのがわたしだけってことかしら。まぁそこは、罠なり投網なり倒すなりして、なんとか頑張ってもらうしかない。
見通し甘いのは認めるわ。なにしろいまは、まったくの、手探り状態ですものね。机上の空論どころではなく、夢物語の段階よ。フェドゥボレェヴ!
つぎ。神殺し。夜の女王の具体的な排除方法。むり。いや、無理はわかってるけど、やらなきゃならない。このさい道理はひっこんでもらおう。
魔女のなかの魔女。不老不死。なんでもできる。夜を司る死の女神。弱点とかないのかしら。いや、殺害以外の手はないの? そもそも不死でしょ、殺せるの?
ヤドリギの槍とか。アキレス腱を蹴っとばすとか。桃なげて岩戸に鍵かけちゃうとか!
まずは知ろう、人品骨柄、ひととなり。
そもそもなんで呪いをかけたの? 物知りガエルのブローですらが、知ってることはあのていど。いまのところは、お城の図書館にも、夜の女王についての詳細はない。
死の呪文や、骨とか骸以外にも、悪魔というのを使うともあったけど、中世だからね、あてにはならない。挿絵はぜんぶ想像図だし。それはもう、見てきたかのような精緻な筆致で。ケミデュォエーボ!
まぁ、なんであれ、このさい手段は選んでられない。聖女のやることじゃないけれど、弱味があるなら利用する。人質とか。脅迫とか。呪いだってかけてやる。なんでもできる女神さまあいてに? 冗談きついわ。
……うーん、これは保留かな。どうしょもないなら、さいごの手段。当たって砕けてワンチャンねらい。わたしは独り。やるなら暗殺。ますます聖女から離れてゆくわ。
アイデアのえらい神さまが、降りてくるのを待ちましょう。ストラィㇰミー!
わたしはノートをぱたっと閉じた。そろそろお昼ね、もう寝ましょう。なんだか吸血鬼みたい!