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聖女リリアナ恋のショットガン(連載版)  作者: 神城英雄
第1章 骸と踊る舞踏会 編
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第9話 宝石魔法と乙女の熟考






「リリアナ? 大丈夫かい?」


 わたしは歩廊(アリューㇵ)小壁体(メルロン)に、可憐な身体をもたせかけ、瞳をとじて息を吐く。


 城塔とうの舞踏会からの帰りみち城壁かべの歩廊の上にいる。夜風がわたしのながい髪、さらりとなびかせ、流れてく。


 くらりと目まいの魅惑の乙女よ。



 ……やれやれ、燃費の(・・・)わるいこと(・・・・)。これじゃどこかの勇敢な竜ね。



ベーネ(へいき)よ、ブロー。もう寝る時間だってだけ」

「あんなに寝たのに!?」

「だってわたしは十六歳の乙女だからね! 成長盛りよ、寝る子は育つの」

「えぇ……」


 わたしは震えを押さえこみ、ぐいと頭を持ちあげた。



 黄金(きん)の星が輝いている。


 ベーネ(へいき)よ、ほんとに、モンケーㇵ(わたしのこころ)。だからそんなに哀しそうにね、瞬かなくっていいことよ。



 わたしは銀のロケットを、そっと握って歩きだす。


 わたしはひとり。最後のひとり。こんなところじゃ終われないのよ。






 お昼まえのひとときに、わたしはおへやで魔法を試す。



開け魔法陣(セザムオゥヴォトワ)!》



 ――コゥ……



 わたしの足もとに赤く光った、魔法陣が描かれる。自動描画の簡易型。


 ええと、大アルカナは運命、小アルカナは予知、アマンディヌスを正位置に、ケロニスを逆位置にふたっつ。魔法陣を調整し、宝石をそれに配置して……サイエ(よし)



《たゆたう流れの時のなか、ほんのすこしの――》



 ――ばきんっ!



「わお」


 宝石触媒のアマンディヌスが、粉ごなになって弾けとんじゃった。


 触媒なくした魔法陣、ぢに乱れて消えてゆく。中級呪文(メーソㇺマゲイア)の《予見》ていどじゃ、まるで相手にならないわけね。ようするに、“ずるっこはだめ”


「“ゆっくり急げ”ね。近路(ちかみち)なんか、ないってことか」


 わたしはベッドに腰かけて、魔法書をぽいっと放りだす。


「リリアナ? いまのは?」


 ブローが慌ててぴょこぴょこと、へやの彼の居場所のクッション、蹴たおし転がしやってくる。


「呪いの正体を見破ろうとね」

「でも、だめだった?」

「うん。地道にお勉強するしかなさそう」

「うへぇ……がんばって」


 カエルさんは勉強ぎらい。ご本をひらくと逃げちゃうの。こんなに面白いのにね。エストラーノ(へんなの)



 ちっちゃな欠片と粉微塵。わたしはぱっぱかお掃除してから、ベッドにダイブで、ため息ひとつ。


 いくらぱっと使えるからって、宝石触媒は気が滅入る。どんどん消えてく綺麗な石たち。ああ、ケファマーレ(せつないわ)



 わたしが好んで使ってるのは、“宝石魔法(マジドゥヴィジュゥ)”と呼ばれる系統。触媒の希少さと高価さにみあった、呪文構築スピードが売りよ。


 おんなじ魔法現象を、べつの系統で起こしてもいいけど、なんだかんだと制限があって、わたしの事情じゃちとキツい。お城にゃエーㇵブ(やくそう)生えてないし、月齢に縛られてちゃ身動きもとれない。お歌だダンスだ数字だと、儀式(おゆうぎ)している暇もない。


 それらに比べて宝石魔法は、贅沢なぶん、プレミア速度で縫いこめる。いわゆる課金なんとかよ。さみしくなったお財布の、()()びという現実からね、“侘び石魔法”とか呼ばれてたりも。


 わたしはベットから手を伸ばし……伸ばし……届いた。ちいさなつづらをぱかっと開けて、残った石を放りこむ。箱のなかには宝石ぎっしり。きらきら光ってベリッシモ(とってもきれい)


 ……まぁ、もらい物だから。箪笥たんすの肥やしにするよりも、よっぽど有意義な使い方よね。たぶん。


 そう思わないとやってられない。この侘び寂びな気持ちこそ、詫び石魔法の神髄なのね。魔法の深淵、我見たり!



 わたしは机でお手製の、羊皮をたばねたノートを広げる。羽ペンで結果をぱぱっと書いて、呪いの考察を続けるの。



 死の呪い。生きてるひとをゾンビにしちゃう。これはわからないでもないわ。死霊術の系統に、そうした呪い(パルマケイア)は幾つかあるもの。でも、あの復元というのがわからない。


 銃で撃とうが銃剣けんで斬ろうが、しばらくたてば元どおり。でも、それだけじゃない。


 服も直るし、周囲の痕跡も綺麗さっぱり、消えてなくなる。グラㇲ(ガラス)が割れても、花瓶が割れても、壁に穴が開いたって、それは気がつきゃ直ってる――


 これがよく分からない。


 お掃除魔法なんかの《修復》に似てるけど、そんなものでは、きっとない。だってあれは、材料いるし。なにより逐一、設計図(ずめん)どおりに、触媒で路筋(みちすじ)つくらなきゃ。


 だいたいゾンビって修復したら、また動きだすものかしら? ていうか、ゾンビって修復できるの? あれいちおうナマモノじゃない?



 だからわたしは、いまのところは、時の魔法を疑っている。いわゆる巻きもどりってやつ。


 でも、時の魔法は難しい。《ラグ゠デュガの逆しまの時》とか、《オーグルボーンのあべこべ再起》とか、そうしたものは禁忌の部類。上級呪文の大魔法。


 わたしはやっと中級まできたけど、上級については知識が甘い。でも、ざっと読んだ限りでは、どれも継続性がない。こうまで繰りかえし(ループ)が続くのは、ちょいと考えにくいわね。


 なにかを起点に自動発動? そんなこと編みこめるの? 入れ子式のツァウヴァーカステン(まほうのはこ ね)。難解すぎて理解できない。


 《ル゠ログの時の牢獄》……いや、それもないか。あれの対象は個人だし、その間あいては消えちゃうしなぁ。


 うーん、あとなにか忘れてる気もするけど、もう頭いっぱい。



 ……これ初学者(ニュービィ)がやる試験じゃなくない? 賢者(サァッジョ)クラスよ。レストンヴィー(かんべんしてよね)



 わたしは羽ペンを指で弄び、くるくる回して……あっ、インク。汚れた。オゥディア(やれやれ)……。



 ノートの汚れを吸いとり紙で、押さえながらにわたしは思う。禁書庫のご本も好きほうだいに、読みあされるのはいいご身分よね。図書館の、開かずの扉の奥にあったの。ふつう絶対さわれない。


 この状況は図書館ねずみ(わたし)には、天国みたいなものだけど、そうも言ってはいられない。ヒントもなしに難解な、パゾゥをひとりで解きあかさなきゃ。


 うすねずみ色のコートを被って、王子さまの寝込みを襲って、ヒントのひとつも訊きたいところよ。


 せめて司祭さまがご健在なら。ピュハェ(あーもう)、わかんない!



 クッキー囓って、お紅茶のんで、気分を入れかえ、再びノートへ。



 それにしても、女神さまか……。正直いえば、勝てるあいてとは思えない。まいった。白旗。でも、やらなくちゃ。これはわたしのお仕事だもの。





 まとめよう。わたしの目標はおおきくふたつ。





 ひとつはこの厄介な呪い(パルマケイア)を調べて、解呪方法を発見すること。もうひとつは、呪いの元凶たる夜の女王とかいう女神さまを倒すこと。つまり元凶の排除よね。このふたつ、どちらが欠けても意味をなさない。


 わたしが誰かを解呪して、人間に戻したとしてよ? まぁ、大前提として、死者を蘇らせられるのかって話ではあるけど。もちろん、わたしの癒しの力じゃ、まったくできない無理なこと。あれはあくまで生きてるひと向け。



 そして、死者復活の魔法もない。過去、復活の奇跡というお話は、いくつか伝承(つたえ)にあるけれど、魔法としてそれを成したというお話は、ついぞ聞いたことがない。


 研究してたひとたちは、実はいっぱいいたけどね。いわゆる禁忌(タブー)黒魔法(マジノワーㇵ)。悪い魔女や魔法使いたちが、こぞってやらかす定番の悪事……らしい。らしいというのは、わたしがご本で読んだだけだから。


 死者復活に成功した! って喧伝するお騒がせさんは、いつの世だっているけれど、それが実証されたことはない。だから死者復活の魔法はね、いまのところは存在しないとみていいわ。


 まぁ、そこはおいおい考えるとして……いや、それだってとんでもなく重大事だけど、そもそもそれが出来ないならば、わたしは世界を癒やせない。詰みよ(ゲィㇺオゥヴァー)



 ええと、それで、なんだっけ。……そうだ、わたしが誰かを解呪して、人間に戻せたとして。


 このへんてこな呪いの元凶が、生者を許すはずがない。かならずなにかのいじわるな手口で、またゾンビにしようとするはずよ。あるいはもっと酷いなにかを。


 わたしは女神をむこうにまわして、誰かを守護まもれるほどうぬぼれてない。だから、解呪と排除はふたつでひとつ。



 夜の女王という魔女(ひと)が、説得したり、ぶんなぐったりした程度で改心してくれるんなら、それに越したことはないけど。まぁ無理よね。


 あいては世界をほろぼして、世界中のひとたちを、死んだ後も苦しめる、死をもてあそぶ死神だもの。老若男女の別もなく、幼い子や赤ちゃんに至るまで、容赦しなかったくらいだものね。


 並のひねくれかたじゃない。どんな理由があったにしても、やりすぎなんてものじゃない。ネジが数百万本は、ぶっとんでいるあいてだわ。たぶん会話も通じない。レストンヴィー(かんべんしてよ)



 つぎ。解呪方法について。解呪方法が儀式になるのか、魔法薬になるのかは、いまは見当もつかないけれど、仮に一度にひとりとかだった場合、どうするか。


 これにはアイデアがないでもないわ。魔女……は、お話きいてくれるかわからないから、とりあえず魔法の使い手を、優先的に復活させる。


 そのひとに、解呪方法を伝授して、つぎの魔法の使い手に、おんなじことをしてもらう。そうして解呪できるひとを、ねずみ算式にふやしていけば、いつかは世界中にひろがる……はず。


 まぁ、何世代もかかるかもだけど。



 もんだいは、ゾンビに(・・・・)さわれるの(・・・・・)がわたし(・・・・)だけ(・・)ってことかしら。まぁそこは、罠なり投網あみなり倒すなりして、なんとか頑張ってもらうしかない。


 見通し甘いのは認めるわ。なにしろいまは、まったくの、手探り状態ですものね。机上の空論どころではなく、夢物語の段階よ。フェドゥボレェヴ(よいゆめを)



 つぎ。神殺し。夜の女王の具体的な排除方法。むり。いや、無理はわかってるけど、やらなきゃならない。このさい道理はひっこんでもらおう。


 魔女のなかの魔女。不老不死。なんでもできる。夜をつかさどる死の女神。弱点とかないのかしら。いや、殺害以外の手はないの? そもそも不死でしょ、殺せるの?


 ヤドリギの槍とか。アキレス腱を蹴っとばすとか。桃なげて岩戸に鍵かけちゃうとか!



 まずは知ろう、人品骨柄、ひととなり。



 そもそもなんで呪いをかけたの? 物知りガエルのブローですらが、知ってることはあのていど。いまのところは、お城の図書館にも、夜の女王についての詳細はない。


 死の呪文や、骨とかむくろ以外にも、悪魔というのを使うともあったけど、中世だからね、あてにはならない。挿絵はぜんぶ想像図だし。それはもう、見てきたかのような精緻な筆致で。ケミデュォエーボ(じだいね)



 まぁ、なんであれ、このさい手段は選んでられない。聖女のやることじゃないけれど、弱味があるなら利用する。人質とか。脅迫とか。呪いだってかけてやる。なんでもできる女神さまあいてに? 冗談きついわ。


 ……うーん、これは保留かな。どうしょもないなら、さいごの手段。当たって砕けてワンチャンねらい。わたしはひとり。やるなら暗殺。ますます聖女から離れてゆくわ。


 アイデアのえらい神さまが、降りてくるのを待ちましょう。ストラィㇰミー(おりてきて)



 わたしはノートをぱたっと閉じた。そろそろお昼ね、もう寝ましょう。なんだか吸血鬼みたい!







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