第1話 これがお城の舞踏会
“思いは力。力は魔法。すべてを変える、わたしの魔法!”
わたし、聖女リリアナ! 花も恥じらう十六歳の聖なる乙女! じつは地球で女子高生してたんだけど、聖ポワーヌ王国に聖女として召喚されて力を得たわ。なんて素敵なことかしら。ちなみにリリアナは本名よ。ええ、西洋人じゃないわ。りっぱな蒙古斑を持ってこの世に生を受けた、由緒正しいモンゴロイドよ。髪の毛もほら、黒いでしょ?
えっと、その。じつはほら。キラキラネームってやつ。漢字はできれば訊かないで。笑っちゃうくらい当て字なの。上等! って言いたくなっちゃう感じのね。
じぶんで言うのもなんだけど、けっこう可愛いほうかしら。ええ、じぶんで言うのもなんだけど! だってわたし、最近みんなの人気者だし。みんながわたしを狙おうと、やって来るのよ困っちゃう。……わりとほんとに困ってる。自慢じゃないのよ熱烈なのよ、こっちの異世界の殿方は。南欧気質って云うのかしらね。情熱的。パッショ。アモーレセニョリータよ。
でもね、軽く見ちゃあいけないわ。わたしはこれでも大和撫子。身持ちの堅さにゃ定評のある、女子校出身お嬢さま! そうそう簡単やすやすと、こころをあげたりしないわけ。はいからさんも跨いで通る、おカタイ聖女よ、かかっておいで! 上等!
……おっと、わたしとしたことが。うふふ。怖くないのよ? 大丈夫。お姉さんにぜんぶお任せ! ちなみに学校は仏教系だったわ。ミッションは法蓮華経。あら、お袈裟が曲がっていてよ。ロサ・ネルンボさま!
さあ、きょうもがんばって、情熱的な殿方たちを、さばいてひらいて三枚にしてあげましょう!
朝のわたしのお仕事は、天蓋付きのベッドから起きて、身支度を調えることからはじまるの。素敵な西洋のお城には、凄くおおきな鏡があって、お化粧もらくちん! でも、こっちのお化粧道具はちょっと古風というか……。まぁ、郷に入れば郷に従えと云うからね。仕方ないわ。魔法のおしろいはちょっと面白いけど。
そしてドレス! なんと言ってもドレスよ! もう凄いったらないの! こんだけでこっち来た甲斐があったってもんよコレ。金きらぴかぴか宝石まみれのも貰っちゃったんだけれども、さすがにその、モンゴロイドには敷居がね。ちょっと反省。やっぱり聖女たるものは、ちょっぴり地味めの清楚な白よね!
まっすぐご自慢、ながい黒髪をばさっとドレスの外に出し、銀のロケット首にかけ、銀貨をこっそり忍ばせた、革のブーツのひもを結んで、かかとを三回鳴らしてみたなら、うん、きょうもわたしは可憐な美少女! ……いいの、自己暗示なんだから。
鏡のまえでくるっとまわって、うるわし聖女のはい、できあがり!
というわけで、おおきなお室からそうっと扉を開けて出るわ。殿方たちは音に敏感なの。これに気づくまで結構かかったわ。わたしってちょっとドジなとこあるのよね。そこがご愛嬌ってやつかしら。ほかがぜんぶ凄いから、玉に瑕のひとつもなけりゃ、将来の旦那さまも近寄りがたいってものよね。高値の花が過ぎちゃって、目なしトカゲも届かないんじゃ、夜の翼も羽ばたかないってものだもの。あらはしたない、わたしとしたことが。
さてビロードの壁布をちょいと押しのけ、そうっとお城の広間を覗くわ。……うわあ、いるいる! 今日もみんなで舞踏会ね。もう朝なのに。お祭り騒ぎは夜通しなのが、さいきんの流行みたい。わたしはそっと布を戻して、そそくさと路を変えるの。だってわたしは人気者。聖女さまがあらわれたなら、いっせいに熱烈な抱擁の嵐よ。パッショ!
お城の中庭には井戸があるの。お水を頂きに参上するわけ。この異世界には魔法があるけど、わたしはお水が出せないの。勉強中なんだけどね。魔法書むずかしくて……。大学までの一貫校だったから、ちょっと胡座かいてたとこあったわ。反省ね。でも、わたしはきっとやればできる子、ぜったい修得してみせるわ。
だって井戸からお水持ってくるのって、とっても重労働なんだもの! これじゃ筋肉ついちゃうわ。マッチョ一直線よ。聖女がマッチョじゃパッショもないわね。灰被りの子もきっとマッチョだったに違いないわ。ガラスの靴で八つ裂きよ。いじわるな継母とか義姉たちとか、ぶん殴ってやればよかったのに。マッチョ!
……さいきん、わたしってちょっと乱暴ね。お嬢さまがよくないわ。これじゃお嬢! って呼ばれるほうになりそう。環境かしらね。この国、とにかく直情的なんだもの。
さて、階段までやっと来たわ。そうっと下を覗いてみるけど、よかった誰もいない。きょうはラッキーね。……って思った矢先に、うしろの扉がばたんと開いて、わたしは即座に臨戦態勢。だってわたしは花も恥じらう十六歳の乙女だもの。うしろからなんて困っちゃう!
わたしはくるっと振りむいて、あいてを――あら、大公さま! オレーユ・アトレ・ベルモンドさま。燻んだ金髪燻し銀の、オールバックのナイスミドルよ。渋い中年イケメンって素敵よね。召喚されたそのときも、跪いて手の甲にキスだったのよ。ちょっとドキッとしちゃったわ。
大公さまにご挨拶。ドレスのスカートの裾をちょいと持ちあげ……あら、だめよオレーユさま、そんな朝から往来で。大公さまったら、わたしの美しさにうめき声をあげて抱きついてこようとするの。なんて情熱的なの。パッショ!
でもねわたしは大和撫子。西欧の殿方の熱いヴェーゼを受けるには、ちょいと奥ゆかしすぎるのよ。わたしはおもむろスカートあげて、さあご覧なさい遠慮なく。太腿にくくりつけてあったモデル九七を素早く引きぬき即トリガー! ヘッショ!
――ずどん!
うるわし聖女のビューティホー。大公さまもたいそうお喜びになったご様子で、下顎をカクカクなさったわ。そこから上がないけれど。わたしにかかれば渋い中年イケメンも、いろんな意味で形なしね! そしてドサー。わたしはくるっとまた振りむいて、全力疾走準備オーケー。
なんでかって? いまわかるわ。見てて。
――おあああああああああああああ!!
キタキター! 本日のお祭り騒ぎのはじまりよ! 扉という扉がいっせいに開いてばたばた。お城の殿方という殿方があふれ出してどたどた。うるわし聖女のお出ましに、みんながときめき情熱的に、うめいて叫んで押しよせる! パッショ!
わたしはクラウチングスタートを切って、全力で階段に飛びこんで、三段跳びに駆けおりる。踊り場で壁蹴って三角跳び。そのまま手すりを滑って八艘飛び! ついでに一階の廊下に立ってたエレーナ夫人を弁慶よろしく頭上から避けて、ひょいと側方倒立回転跳び! ごめんあそばせ!
――おあああ?
あらエレーナ夫人もいやだわ。さいきんはこの国にも百合のお花が咲くみたい。パッショね! でもねわたしは大和撫子。女の園に耽溺するには、ちょいと夢がありすぎるのよ。用心鉄を指にひっかけくるっと一閃華麗なる、うるわし聖女のポンピング。狙いも違えずヘッドにショット! 夫人の頭に百合の花。ごきげんよう!
――おあああああああああああああ!!
しかしこいつが拙かった。百合夫人にかまけている間に、野郎どものお出ましだ。こりゃあにっちもどっちも雪隠詰めだ。こっから中庭の出入り口まで、隠れもつかぬ一本道よ。仕方ない、一丁、やりますか!
さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! お天道さまもご覧じろ! 齢十六のみぎりに召喚されて、このかた学んだこの流儀! うるわし聖女のチートのほどを、ちょいと覗いていかしゃんせ! なぁにちょんの間もらうだけ。お代はあなたのお命ちょうだい。無限に湧きでる恋の弾丸、ひとつもらってお逝きなさい!
――どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ どごん! しゅこっ
わたしはショットガンをポンプしては撃ち、ポンプしては撃ち、くちにくわえた恋こめて、また撃って。押しよせる情熱的な殿方たちを、さばいてはひらき、さばいてはひらき。そこをかしこに赤い花。くれない花ちる城のお通り、白いドレスの聖女が踊る。これがお城の舞踏会。赤い輪舞と硝煙の楽の音。パーティータィㇺは絶好調!
わたしは愛銃を片手に結構がんばる。チートで貰ったこの力。湧きでる弾丸、あらわれる銃器。選んだ得物はショットガン!
モデル九七! トレンチガン! ポンプアクションの旧式だけど、そこがいい! なんと言ってもディスコネがない! 素晴らしい! 具体的に言うと、トリガー引き絞ったままポンプアクションして弾がそのまま出るのよね。連射可能ってわけ。……装填数五発なんだけどね。薬室分でギリ六発。これでも法令で制限かかるまえの品なの仕方がないの。でもいざってときにはこの連射が強みよ。いまがいざってときなわけ。ちなみにモデル九三の改良型よ。かのブローニングさんご本人が手ずから設計した由緒正しいショットガン! あ、九七ってのは一八九七年式のことよ。これが六十年もベストセラーだったんだから、優秀さも知れようってものね。
枯れた技術の安定感! 命賭けるにゃもってこい! 十二ゲージが唸って轟く、これが聖女の恋の輝き! ぴかぴか光ってマズルフラッシュ、あなたの胸を貫くわ! わりとおおきめに!
――どごん!
……ふぅ。なんとか全滅させたみたい。これでしばらくの間は大丈夫でしょう。わたしは愛銃くるっとまわして片手にぶらさげ、鼻歌混じりに通路をゆくわ。みんな情熱的にもほどがあるけど、あれで結構シャイなところもあるのよね。倒して数時間は、みんな失意のどん底で、起きてこようとはしないわけ。わたしって罪な女よね!
でも、数時間したら、けろっとしてまた起きあがってくるの。弾痕も消えて、吹きとんだ身体も元どおり。なんて不屈な闘志なの。パッショ!
まぁ、実際問題として、ふつうの疫病じゃないとは、わかってたんだけれどもね。あれよね、魔法の呪いってやつ。なんとか解呪方法を探さないと、これじゃ不便で仕方ない。
そう。わたしがこの異世界の国、聖ポワーヌ王国に聖女として召喚されたのには、わけがあるの。悪い魔女の呪いだかなんだかで、国中に疫病が蔓延しちゃって、古代の聖女召喚の魔法に頼ったってわけ。でもことはそう簡単にはゆかなかった。わたしには癒しの力があるけど、って言うか、聖女としちゃそっちが本業なんだけど、魔女の呪いの疫病は、ふつうの病気じゃなかったのよね。
癒しの力じゃ治らない。疫病はどんどん進行する。そのうちみんなゾンビになって、お城もゾンビの舞踏会。魔女の呪いのバイオなハザード。いったいなにをしでかせば、そんなヘンテコな呪いをもらうの。その辺の事情を聞くまえに、あっという間にみんながゾンビ。ゾンビランドのサーガの幕開け。治すどころか逃げるもならじ、お城にこもって籠城戦。
チートのおまけのクッキー魔法。あれなかったら餓死してる。まったくとんだ兵糧攻めよ。受け狙いの隠し芸みたいなもんのつもりだったんだけども。でもわたしだって花の十六歳。クッキーだけじゃ飽きちゃうの。ケーキ食べたい! いや、そうでなく。おみそ汁が飲みたいわ。お野菜も採らなきゃ。栄養偏っちゃう。美容の大敵よ。
お城の中庭の扉をばたん。さあ、やっと井戸から今日のお水を――ってうわあ!?
――オオオオアアアアア!!
なにあれなにあれ! でっかい! 肉のかたまり! タンク! タアアアアアンクッ! わたしは速攻扉を閉めて、あわててかんぬきをかけた。
――ズシン!
扉って言うか壁全体がゆれた。あのでっかいのに体当たりを喰らってる。ずしん、ずしんと何度も体当たり。そのたびお城がゆれまくる。あわわわ。
……あれが魔女だったりして。いや、それはないか。なんか人間がこね合わさってるみたいだった。魔女の呪いの新しい段階? みんなあれになっちゃうのかしら。マズイ。ショットガンじゃきついかも。と言うかまさしく戦車が必要だ。でもわたしはショットガンを選んじゃったので、戦車砲は出せないの。まぁ仮に出せたって持てないけどね。ザクじゃないのよザクじゃ。
ううむ、困った。その辺の壁を二度叩いたら、よく切れるナイフが出てこないかしら。いいえリリアナ落ちついて。魔法のナイフよりショットガン! モデル九七は無敵のトレンチ! きっといまならまだ間にあうわ。あれ以上でっかくならないうちに、あれを倒してしまいましょう。今日のお水のためにもね!
わたしは首にかけている、銀のロケットをそっと握った。
――女は度胸! 乙女は愛嬌! そしてわたしは器量よし! 上等!
よおし、一丁、やったりますか! わたしは扉をばんと開け……るまえにかんぬきをどけて、扉をばんと開け、でかぶつあいてに見栄を切る。
「天空あまねく星空駆けて、やって来たのは聖ポワーヌ! うるわし聖女の細腕ひとつで世界を救えと神が呼ぶ! 魔女の呪いか疫病か、そんなことは知らねども、わたしのまえでは勝手なことは、おさと許さぬ魂かけて! パッショ! 噂に轟く聖なる乙女! だれが呼んだか雷の使い手! 聖女リリアナここに参上! 今宵のモデル九七は、ひと味違うぞ化け物め!」
――どごん!
十二ゲージの雷鳴が、肉のかたまりを少しだけ怯ませた。
「ゆくぞ、でかぶつ! ――今日のお水を寄こしなさい!」