花園を壊す
あるビルの地下に、一面が花畑のフロアがある。
頑丈な鋼鉄製の扉が開きエレベーターから降りると、
ふわりとなんとも良い香りが漂ってくる。
美しくまるでこの世のものとは思えないような光景が
フロアいっぱいに広がっている。
あたりにある柱や壁はコンクリートを打ちっぱなしの状態だが、
咲き誇る花の鮮やかさが全く無骨さを感じさせない。
かえって、コンクリートの冷たさと花のあたたかさが調和し、
不思議な居心地の良さを与えていた。
僕はそこで、穏やかな気持ちに浸りながら綺麗な花たちに囲まれていた。
これは僕の想像、或いは一種の妄執だ。
ある小説を読んで以来、この風景が頭から離れない。
その小説の中ではあの花たちはあるドラッグの原料であり、
愛でられるものではなく摘まれて用済みになれば焼かれるものだった。
けれどそんなことはどうでも良くて、
僕にはあの美しい花園が忘れられなかったのだ。
おかしな話だろうと自分でも思う。
僕が読んだのは小説、ただの文字列で、
ここまで鮮明な風景など文章だけではあり得ないはずだ。
けれど、それでもこの花園は確実に僕の頭の中に存在していると言い切れるのだ。
きっとこの花園は僕固有のものではない。
それどころか、持っていない人間などいないのではないだろうか。
勿論全員が僕のように花園を持っているわけではなく、
それぞれ形を変え色を変え、十人十色、様々な形態を取っているだろう。
けれどそこには確かな場所があるのだと思う。
おそらく、その場所を他人と共有するのは不可能だ。
例えば僕は冒頭に花園の説明をしたけれど、
きっと本来のものとは酷くかけ離れたよく分からない何かになってしまっている。
映像としてアウトプットしようとしても絶対に上手くいくことはない。
だからこそその場所は自分だけのものであり、
いつまでも頭に残り続ける。
もしも誰かと共有でもされようものなら、
すぐに崩れ、破れ、壊れ消えるだろう。
僕はあの場所が好きだから、そんな姿は見たくない。
けれど、僕は壊れてしまっても良いと思うのだ。
いや、いっそのこと壊れてしまえと祈っている。
脆く哀しい儚さ、壊れる前の一瞬こそ美しいのだ。
それならば、あの花園は美しくあるために壊れるべきではないか。
壊れなければその美しさはくすみ、汚れていくだけだ。
ならば美しいままに消えていって欲しい。
壊れなければいけない。
壊さなければいけない。
だから、僕は今こうしてキーボードを打っている。
いつか僕が、あの場所をうまく書けるように。
いつかこれを読んでいるあなたが、あの場所を壊してくれるように。
当分は、先になるだろうけれど。