第6話 手術当日の朝
【この回から登場する方】※仮名表記です
●渡久川 健生…筆者が入院する産婦人科医院の院長兼産婦人科医師。豊富な手術経験と手術後の縫合がとても上手い事に定評がある。
●橋本 圭司…筆者の帝王切開手術を担当した医師。渡久川院長より若く、当日は手術を取り仕切っていた。
多くの女性が経験する「出産」―――――――――有史の頃から続いてきた、生命の誕生という偉業は、女性にとって人生で大きなドラマともいえる。
予定日近くになり陣痛が起こり、入院を経て出産する事を普通分娩と呼び、「出産」と聞いて真っ先に思い浮かぶのがこの方法だ。
しかし、私は予定帝王切開という形で、出産の日を迎える事となる。
かつて帝王切開は「邪道」のような認識があったが、近代においては母子の健康を優先した手段の一つとして増えてきているのだ。初産である私が帝王切開になった理由は、逆子という赤ちゃんの位置が上下逆になっている状態が続いたためだ。
お灸や妊婦体操を2週間近く続けたが改善されなかったため、事前に通っていた産婦人科医院の院長・渡久川医師より「予定帝王切開でいきましょう」という流れになったのである。
2019年8月某日――――――――――――
「●●ちゃん(=筆者)、おはよう」
「おはよう、○○(=夫)!」
私が入院する部屋に初めて入ってきたのは、夫だった。
この時、時計の針を見ていなかったので正確な時間は不明だが、夫よりLINEで連絡をもらった時間から察するに、午前8時過ぎくらいの出来事である。
「お邪魔しまーす…」
その後、私の両親も到着していたようで、小さめの声を出しながら中に入ってくる。
予定帝王切開につき前日より入院していた私は、朝ごはんを食べていないにも関わらず空腹感はほとんどなかった。
やはり、まだ点滴は慣れないなぁ…
私は、左腕の手首に固定された器具を見つめながら、慣れない点滴の事を考えていた。
余談だが、私は30年以上生きてきて、一度も病院で入院をした事がない。そのため、今回のお産入院が、人生初の病院生活となるのだ。そのためか、前日の夕飯はしっかり食べる事ができたので、少し楽しんでいる自分もいた。
その後、両親も含めて小声で他愛もない会話をしていたのである。
「おっ!俺の両親も来たみたいだ…。迎えに行ってくるね!」
数分後、義父と義母が到着したのを知った夫は、彼らを出迎えるために病室を後にする。
私は点滴をしている関係でおいそれと動けないので、そのまま病室のベッドに寝転んで待っていた。
「おはようございます。今日は宜しくお願い致します」
数分後、病室の外で義父が実父や実母に挨拶をしている声が響く。
今回、お産手術を迎えるに当たり、両家両親が駆けつけてくれたのだ。元々、私達はお互いの実家が近いため、両親らとは気軽に会える環境である。それでも、両家両親が揃う事は滅多になく、帝王切開手術当日より以前に会ったのは、安産祈願で八王子にある神社へお参りした日以来だろう。お産手術において夫以外で家族を呼んでも良いかは、事前に渡久川医師に確認済みだ。医師曰く、一家揃って医院を訪れたという家族の事例もあるらしい。そのため、親が揃うという事は、何てこともないのだろう。
因みに、帝王切開手術は毎回、診察のない日に実施している。私の入院していた産婦人科医院は看護師の女性は複数勤務しているが、産婦人科の医師は渡久川医師のみという事が大きい。
「△△さん(=筆者)、そろそろ手術室へ向かいます。お手伝いしますので、ゆっくりと行きましょう」
手術室に入る予定時間が午前9時ごろだったため、その時間が近づいたころに看護師さんが私を呼びに来たのである。
「はい、わかりました!」
それを聞いた私は、元気に挨拶をする。
ベッドから起き上がり、点滴の液体が入ったビニールの袋を看護師さんの指示に従って自身の左手で持つ。そして、ちょうどその場に夫もいたので、彼より前を進んで病室を一旦後にする。
「●●ちゃん(=筆者)、頑張ってね!」
病室の外へ出ると、義母が私に激励をしてくれた。
その周囲には、義父や実父。実母もいる。
「気合を入れるために、一本締めをしましょう!よーーーっ!」
明るい口調のまま、義母が一本締めで手を一度叩く。
その側では「なんで一本締めなのか」と言い出しそうな義父が、立っていた。
「ありがとうございます、皆さん!では、いってきます!!」
両親らにそう応えた私は、彼らに軽く手を振りながら、手術室へと向かうのであった。
手術室に入った後、私が寝転ぶ手術台と、それぞれ準備を進める看護師達が視界に入ってくる。
「では、洋服を全部脱いでもらい、この辺りに置いといてください。眼鏡も外してくださいね」
「わかりました」
私の存在に気が付いた看護師が、そう告げる。
いよいよか…!
私は、洋服を脱ぎながらこれから起きる出来事に対して、少し緊張していた。
余談だが、私は普段の生活においてハードコンタクトレンズを使用している。しかし、手術当日は麻酔を使用する等の関係でコンタクトレンズは外すよう指示されており、眼鏡をかけたまま手術室を訪れるのであった。
また、かなりの近眼でもあるため、眼鏡を外すという事は周囲がほとんど視えなくなるという事を意味する。
「では、この台の上にゆっくりあがって寝転んでください」
洋服を指定の場所に置くと、次の指示が入る。
裸眼で周囲が見えづらく、かつ臨月で大きなお腹を抱えた私は、足元を可能な限り気にしながらゆっくりと手術台にあがる。あがって寝転んだ後、青いブルーシートによって視界が覆われる。
本来ならばこの後、準備ができ次第手術開始――――――――――――となるはずだったが、すぐには開始されなかった。何故かというと、この日はちょうど普通分娩で急遽、お産が始まった患者さんがいたからだ。
私のようにあらかじめ手術が決まっていた人間は、心の準備をする暇もあり、精神面においては楽な方であるが、普通分娩の女性はそうもいかない。
「あっちの患者さんは…」
「あれやこれやで…」
ブルーシートの外側では、看護師達が話す声が聞こえてくる。
その数分後、私のいる手術室の外側から元気な産声が響いてきた。私は内心で、「お疲れ様でした」と労っていたのを今でも覚えている。
また、この同じ日に子供を出産した母親さんらとは後日、親睦を深めていく事になるのであった。
「今日、△△さん(=筆者)の手術を担当する橋本です。宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
緊急でお産が入った方が少し落ち着いた頃、私の手術を担当する医師が到着し、挨拶をしてくれた。
この挨拶の際は一旦ブルーシートが剥がされて、寝転んだままではあったが橋本医師と渡久川医師らの顔を確認できたのである。渡久川医師が割と高齢で(その分、かなりのベテラン)落ち着いた雰囲気を醸し出す中、橋本医師は割と若い40代くらいの医師で元気な雰囲気を醸し出している。最も、裸眼で見て声で判断した人物像につき、実際はどのような顔をされていたのかははっきりと視えていない事になる。
「では、背中に局所麻酔をかけるので、ゆっくりと背中をこちら側へ向けてください」
準備が整った頃合いになり、渡久川医師より指示が入る。
普通の人だと身体を横に向けるのは造作もない事だろうが、妊婦にとってのこの動作は容易ではない。
うー…動きづらい…!!
私は、指示通り身体を横に傾けようとするが、やはりなかなか思うように体が動かないのが現実だ。そのため、途中からは周囲で待機している看護師さんが手伝ってくれたのである。そして何とか向き直した後、局所麻酔の注射針が背中の腰に近い部位に穿たれる。
また、局所麻酔で使用される麻酔は、一般的に脊髄くも膜下麻酔か脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔のいずれかが使用されるらしいが、私の手術はどうだったのかは覚えていない。入院前に一通り説明はあったのですが、おそらく口頭での説明がメインだったため、記憶できなかったと思われる(すみません)。
そして、局所麻酔が効いている事が確認できた後、帝王切開手術が開始される事となる。
いかがでしたか。
さて、今度はお産手術当日の話です。
今回は手術開始前で一度区切ったため、次回は手術本番になります。
私自身、ブルーシートで覆われていて実際の手元は視えていないため、あまりグロイ内容にはならないはず。。。
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。