0001:死んでしまったようです
『退院おめでとう、零士君。本当に今日まで良く頑張ったね。』
日中にも関わらず薄暗い病院の出入口で、俺の主治医が俺の退院を告げた。病院の前の道路は交通量が多く非常に五月蝿いため主治医の声が聞き取りにくいな。
「本当にありがとうございます、先生。」
やっと外に出れる。ひょっとしたら一生病院で過ごすんじゃないかと諦めていた時もあった。しかし奇跡が起こったのだ。退院出来ると分かった時は逆に発狂するんじゃないか思うほどに喜んだ。
両親も俺に声を掛けてきた。
『良かったな、零士。まだリハビリがあるけど頑張ろうな!』
俺の名前は、相原 零士。15歳だ。
3歳の時に患った病気のためにずっと入院していた。
何故か身体がまともに動かせない難病のため病院を転々とし、ずっと入院していた。しかし突然、奇跡的な回復をしてやっと退院出来ることになった。
看護師の女性も声を掛けてきた。
『零士君、よく頑張ったね。もう病院に戻ってきては駄目だよ。でもお姉さんに会いに来てくれるなら嬉しいかな?』
この看護師は姉も妹もいない、お見舞いに来てくれる女性もいない俺にとって会話したことがある数少ない女性だ。
ちょっと・・・いや、かなりのデブでもだ
やっと普通の女性と会話が出来るな。この日が来るのをどんなに待ち望んだことか。
しかし、このデブはとんでもないことをしれっと言うな。お前に会いに来るわけないだろう! と言ってやりたい。
『零士君、何か失礼なことを考えていない?』
「え? 何も考えていないよ。さて、さっさと退院しようか。」
本当にさっさと逃げたい。一刻も早くこのモンスターハウスから。モンスターハウスとは、この病院に入院した人達に聞いた話だ
そしてモンスターハウスと呼ばれる怖い噂もその時に聞いた。夜中に病室のベッドにモンスターが襲い掛かってこようとするらしい。
いや、らしいじゃなかった。俺も襲われそうになったことが何度かあった。そして、この病院がモンスターハウスと呼ばれる理由が身をもって知ったのだ。夜は毎日が戦闘だった・・・
奇跡の回復は間違いなく、このモンスターハウスから逃げたい一心からのものだろう。
『零士君、やっぱり何か失礼なことを考えているんでしょう?』
「いや、気のせいだよ。」
あれ? このオークは結構鋭いな。
『あれ~、零士君、本当に本当?』
「本当に気のせいですよ。」
まずい、ゴブリンまで参戦してきた。
「じゃ、じゃあ、俺、もう行きますね!」
この鋭いオーク達から逃げるように病院を出ようとした時、突然あり得ない光景を目にした。
目の前に車が突っ込んできたのだ。運転席にはおじいちゃんがいる。向こうもビックリした顔をしている。もちろん、こっちもビックリだ。
これって最近ニュースでよく見るアクセルとブレーキを間違えたってやつか・・・
ずっと入院していたヒョロヒョロのもやしっ子の俺に避けられるはずも無く、当然のように車に轢かれてしまった。
ドンという音とともに、俺は車に轢かれて意識を失った。
………
………
『………もし? もしもし? そろそろ目を覚まして下さい。』
声を掛けられて、目が覚めして周囲を確認してみたが見知らぬ空間だ。
一瞬、またモンスターハウスに逆戻りしたのかと思ったがどうやら違ったようだ。何故なら周りには何も無いからだ。モンスター達の気配も無いことに一安心した。
「ここってどこ? 確か俺は車に轢かれたんじゃなかったっけ?」
『えぇ、そうですよ。確かに貴方は車に轢かれて派手にぶっ飛びましたよ。それはもう見事なくらいに。』
突然、俺の後ろから女性の声がしたので後ろを見てみるとそこには絶世の美女がいた。
入院中はずっと暇だったので、ひたすらネットをしていた時に見ていた美女以上の美女だ。正直、この世の人とは思えないほどの美女だ。
「え、えっと、あなたはどちら様でしょうか? あと、ここはどこでしょうか? 少なくとも俺が監禁されていたモンスターハウスでは無いようですが?」
『モンスターハウス? あぁ貴方がいた病院のことですか? 確かにメスゴブリンやメスオークがたくさんいましたね。』
この美人さん、かなり綺麗な顔をしているけどかなり辛辣だなぁ。まぁ何一つ間違っていないから問題無いけど。
『あれ? 私、そんなに辛口でした?』
「え? 今、俺、口にしました?」
『ふふふ、喋らなくても貴方が思ったことくらいは分かりますよ。こう見えても、私、女神ですからね。』
ちょっとドヤ顔しているような感じだ。美人のドヤ顔は可愛いな。と、そんなことよりも
「え~と、今、女神様と言いましたよね? ということは神様・・・ですよね?」
『そうですよ。その認識で合ってますよ。』
「えっと、ちょっと待ってください、神様が俺の目の前にいるんだよな・・・と言うことは、俺は車に轢かれて死んでしまった、ということでしょうか?」
『はい、その通りです。察しが宜しいようで。こちらも助かります。』
「あははは・・・はぁ・・・やっぱりか。」
なんというか乾いた笑いしか出てこない。俺の人生は一体何だったんだろうか? 楽しかった思い出なんか何一つ無い。
神様がいるなら文句の1つでも言いたい・・・あ、目の前にいるな。しかし、いざ目の前にいると何も文句が言えないな。
「やっと退院できて、これからだったのになぁ。色々とやりたいことがあったのに・・・」
文句ではなく愚痴しか言えないな。
『それって女の子とお付き合いをしてイチャイチャすることですか?』
「え? な、な、何でそれを?」
綺麗な女性から真顔を言われると凄く恥ずかしいな。
『さっき、貴方の思っていることは分かるって言いましたよね?』
「あ~、確かに言っていましたね。俺の恥ずかしい妄想が分かるんですね・・・」
『まぁ、思春期の男の子の考えていることなんて皆同じですよ。なのであまり気にしないで下さい。』
「………そう言ってもらえると凄くに助かります・・・ただ凄く恥ずかしいですけど。」
本当に凄く恥ずかしい。相手が超絶美人なだけに恥ずかしさが3倍増だな。これがモンスターハウスのモンスター達が相手なら軽くスルー出来たんだが。今だけは目の前の神様が男だったら良かったのになぁと思う。
『ふふふ、まぁ気にしないで下さい。』
いや、気にしないでと言われても・・・
『それよりも死んでしまったことを理解してもらったようですので、そろそろ本題に入っても良いですかね?』
「あ、スミマセン。お願いします・・・というか、本題って何でしょうか?」
『相原 零士さん。貴方、異世界に転生してみる気はありますか?』