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5.苺ジャムとこんにちは

 時は経て、昼下がり。即席麺があったため、僕らはご飯をそれで済ませたが、さすがに備蓄ももう尽きて買い出しに行かなければならなく、僕らは近所のスーパーマーケットに向かうことにした。……のはいいのだが。




「どうしましょうか、そのツノ……」


「翼はさっきリン君がいない間にもいだのだけど、ツノは無理ね」




 両方のツノを手で触りながら、残念そうに言葉を返される。

 丸っこい形をしたその小さなツノは、やはり人間にはないものであるので、周囲の人々が見た場合、それはもう、すぐにSNSなどの媒体に情報を載せられてしまうだろう。そういう危険性があるだろう。

 だから、なんとかして角を隠さなければいけない。




「僕一人で買いに行けますし、お留守番という形でも……」


「ダメ。一緒じゃないと嫌っ」




 まるで、幼い子どもが仕事で行ってしまう親を引き止めるかのように駄々を捏ねて、僕のことを後ろから抱き締める。不服そうな声色をして。

 僕は自分の胸のあたりにあったアマ姉の腕を掴んで、「うーん、どうしよう……」と悩ましげに口に出して思案する。

 正直、後ろからの弾力とアマ姉から発せられる良い香りで頭がこんがらがって、正常に思考することは難しかった。




「あっ、そうだ。帽子とかってあるかしら」


「ああ、帽子! 良さそうですね!」




 明かりの点いた電球マークの吹き出しが付きそうな顔をしてポンと手を叩くと、アマ姉の手を取って家の二階にあるクローゼットの方へと向かう。




「ここに僕のお母さんが被ってた帽子があります。好きなの選んでください」


「そうねえ……この青いリボンの付いた麦わら帽子とかどう?」




 そう言って、アマ姉はクルリクルリと軽快に回ると、僕の方を見てニッコリと微笑んだ。




「とても似合ってますよ」


「ありがとう」




 アマ姉は愛くるしくて無邪気な笑みを絶やさずにそう答えると、クルリクルリとまた一回、二回と回った。




「じゃあ、行きますか。スーパーに」




 僕の方も微笑み返してまたアマ姉と手を繋ぐと、スーパーの方へと向かうことにした。




 家を出て、庭を出て、田舎らしさを感じられるデコボコで曲がりくねっていて割れ目から雑草が地上に向けてこんにちはと言わんばかりに生えている舗装道路を歩く。その道路に沿って稲が植えられている田んぼやビニールハウスの群集、畑なんかが続いていた。

 そんな長閑な光景が麗らかな日和とマッチしていて、今は穏やかな時の流れで世界は進んでいるのだということを強く主張している。


「良いお天気ね。風もそこまでなくて、お昼寝気分って感じ。このまま寝ちゃいそう」


「あはは。本当に良い天気ですね」


 のびのびとした気分で僕らは話をする。草花と土とが混ざったその匂いを身体中で感じながら。


「ここを右ですね」


 十字路を右に曲がって暫く進むと先程までの光景が様変わりして住宅や工場、飲食店や雑貨屋、公共施設等が立ち並んだ小さな町が見えてくる。ここがこの辺りの中心部だ、と言わんばかりに。

 気づけばさっきまで無といっても過言ではなかった交通量が目でわかるくらいにはっきりと増えていた。


「リン君の家は結構外れの方にあったんだね」


「はい。なんでも、お父さんとお母さんは静かでゆっくりとした時間が流れるところがよかったとかなんとか」


「へえ、そうなんだ。リン君は都会に憧れてたりとかはしないの?」


「うーん、どうなんでしょう。憧れてたりする部分もあるし、そうじゃない部分もあるし」


 アマ姉の問いにどっちともつかずな感じで答える。


「ふーん、そうなんだ。なんか曖昧だね。メリットとかデメリットとか深く考えちゃう感じ?」


「そうですね。だから、なのかもしれないんですけど、優柔不断な傾向はあるかもしれません」


「そっか」


 そうアマ姉は優しく呟いて、会話を終了させた。


 それから二、三分経って目的地のスーパーに着いた。平屋建てで駐車場付きのコンビニ二つ分くらいの敷地を有しているそのスーパーは忙しなさそうに通常営業をしていた。

 中に入って、買う予定のものが書き留めてあるメモを確認する。

 大根、ニンジン、キャベツ、もやし、ねぎ、タマネギ、ほうれんそう、トマト、ブロッコリー、アスパラ、しいたけ、りんご、ひき肉、豚バラ肉、えび、玉子、豆腐、牛乳、バター、油、洗剤、箱ティッシュ……etc.

 だいたいこんな感じのことが書かれていた。


「買うもの多いね」


「まあ、今度叔父さんがまた家に来るそうなので、本当はこれでも足りなそうなくらいなんですけどね」


 メモをしまって近場からぐるっと回ることにする。買い忘れがないように逐一メモを確認することを頭の中に入れておきながら。


「あ、お菓子買ってもいい?」


「お菓子? いいですよ」


「人間の食べるお菓子はどんなものなのかしらね」


 アマ姉はそんなことを言うとニタリと不敵に笑う。


 そんなこんながあって、一通り買うものを買い物カゴに入れレジに並ぶ。休みの日だからなのか割りと並んでいる。

 そうして、少しして精算を済ませると、買ったものをレジ袋に丁寧に入れて、店を後にする。




「ツノ、大丈夫だったみたいですね。ちょっと、僕はヒヤヒヤしてました」


「さっき危うくレジのところで帽子が脱げちゃうところだったわ」




 そう言って、アマ姉は帽子を深く被り直す。脱げないように、しっかりと。




「ツノに寛容な人間社会だったらどれだけ楽なことだったでしょうか……」


「あ、でも『コスプレ』だったかな? そういう文化もあるみたいですから、そういうのが盛んな場所ではツノを隠さなくても、そういうコスプレってやつで誤魔化せたのかも。あ、でも、街中じゃあんまりしないのかなぁ……」




 考え直す仕草を取りながら、僕はうーんうーんと金縛りにあった人のような感じで頭を唸らせた。




「そういえば、一つ、いいかしら?」


「はい、なんでしょうか?」


「さっき『叔父さん』……がうんたらって言っていたわよね?」


「そうですね、叔父さんが家に来……る……」




『叔父さん』、という言葉を聞いて急にハッとする。

 ……どうしよう。アマ姉ちゃんのこと、なんて説明したら良いものなのだろうか。

 ツノを生やしていて、おまけに翼は……まだなんとかなるにしても、一人の見知らぬ女性が家に居着いているわけなのだ。こんなの、バレたらとんでもないことが起こってしまうに違いない。

 そう考えた僕は急に顔色がブルーハワイ味のかき氷のように真っ青になり、冷や汗がまるで梅雨入りを迎えた時期の雨のようにたらりたらりと僕の額から垂れるのであった。




「そうだ、良い考えがあるわ! ……その叔父さんとやらを消し炭に変えてしまいましょう」




 と、僕の考えていることを読み取ったアマ姉が、突然とんでもないことを口に出す。




「それはダメですよ!」




 咄嗟に僕は大きな声でそう叫ぶと、冗談よ、と言わんばかりにアマ姉はウインクをしてニッコリと微笑んだ。そうして、僕の髪を撫でて、そうねえ、と一緒にどうしたらいいかという策を考え始めた。




「なんか、変身できる魔法とかあったりしますか?」


「うーん、私そういう魔法は使えないのよね。基本的に攻撃することしかできないから」




 人差し指で空をなぞりながら、言葉を返される。




「案外バレないものかもよ? 角なんかは。まあ、それでもなんで知らない人が住み着いているのかっていう問題は解決できないのか。人じゃなくて魔物だけども」




 言い終えて、頬を膨らます。




「そんなものですかね?」


「そんなものだよ。問題になったら問題になったときに考えればいいんじゃない?」




 安易な受け答えをして、アマ姉は口笛を吹き始めた。

 とても、上手い。よく響いていた。




「そっか。叔父さん、叔父さんねえ……。厳しいの? その人」


「いえ、全然。むしろ甘すぎるくらいです」


「なるほどなるほど?」


「そして、とても陽気です。台風の目のような人ですから、他の親類からは結構嫌われてるみたいなんですけどね……」




 叔父さんの過去の言動ひとつひとつを振り返ってみて、苦笑いをする。

 悪い言い方をしてしまえば、お気楽な人、って感じだ。でも、だからこそ、今の僕には有り難かったのかもしれない。


 叔父さんは僕の両親が亡くなったとき、真っ先に駆けつけてくれた。

 それは、たぶん自分の姉が亡くなったからとかそういう簡単な理由じゃなくて、彼の性格には似合わないもっと複雑な理由があるからなのだろう。




「なら、やっぱり大丈夫じゃない? それとも、もしものときに備えて私のことをバラさないように弱みを握って脅してみたりする?」


「それはちょっと……」




 アマ姉の突飛な発想に思わず否定する言葉を口にする。

 それはさすがにやめておいた方が良いと思われる。




「まあ、大丈夫だよ大丈夫。なんとかなるって」




 アマ姉とそんなこんなの問答を繰り広げて数十分。ぎっしりとたくさんの買ったものが入った重たいレジ袋を引っ提げて家に帰って来た。

 左手が痛い。……けど、不思議といつもより痛くはなかった。




「ふふっ、こうしてみると、誰かと一緒、というのも案外悪くないわね~」




 アマ姉は、買ったなまもの等を冷蔵庫の中に入れながら、嬉しそうに言う。機嫌がとても良いようだ。


 やることをすべて終えた僕らは一息つく。

 ふぅ、買い物ってこんなに大変なものだったっけ。と、割りと久々の買い物に僕は疑問を浮かべる。まあでも何はともあれ、無事帰宅できてよかった、とまるで長期間の旅行に出て帰って来たときのような感想を心の中に並べて、僕はホッと一息吐いた。




 と、身体を落ち着かせていたときだった。

 ピンポーン、という短めのインターフォンの音が鳴った。


 誰だろう?


 そう思った僕は玄関の方に移動して「今出ます」と言って引き戸の玄関扉を開けた。






「はあぁぁ~い! こんにちは、坊や」






 そこには、テンション高めな声で挨拶をしながら、およそこの辺りでは見かけない容姿をした高校生くらいのお姉さんが立っていた。




「あっ、えっと、こんにちは……」




 そう挨拶を返した次の瞬間――苺のように赤くて甘酸っぱそうな髪をした黒ジャージ姿のお姉さんの口から大きな大きな鋭い牙がお目見えし、その禍々しい牙で僕の肩を思いっきり噛みついてきた。

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