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2.友好の証

「ガス代、電気代、水道代……ねえ、これ全部リン君が払ってるの?」


 お姉さんは明細表を見ながら、疑問点を僕に訊く。じっくり、ひとつひとつ丁寧に。


「いいえ。親類の叔父さんがたまにやってきて、そういった僕にはできないことをやってくれるんです。月々の生活費も叔父さんから貰います」


 訊かれたことを僕は補足を加えて丁寧に答える。


「ふぅーん。その叔父さんはずっと一緒にいてくれないのかぁ」


「叔父さんの職場はここから遠方の場所にありますから。それに、どうしてもこの思い出の染みついた家からは離れたくなくて……」


 脳裏にもう絶対に感じることのないであろうと思うあの温もりがちらつき、感傷に浸って永遠に抜け出せやしない沼へと引き摺り込まれる。

 あの、ありふれた日常、『家族』という大切な宝物。もう二度と帰ってはこない。

 運命というものに引き裂かれ、もう世界は過去のものという認識へと変わってしまっていた。

 僕の中じゃ、未だに生き続けているのに。動き続けているのに。

 それでも現実は、誰の気持ちが悲しくなろうが、辛くなろうが、同情もせず、猶予も与えることなく、ただただ未来というサイコロを振るうのだ。

 それは、僕からしてみたら、まるで天に嘲笑われているのではないかと思うくらいだった。

 でも、僕がそれに「やめてくれ、帰してくれ」と言ったところで何かが変わるわけじゃない。

 だから、僕はせめて居場所がなくなるのを防ぐために、ここに残ることにしたのだと思う。

 駄々を捏ねて。みっともなく、過去の人達にすがりついて。




「お姉さん、ちょっとわからないかな、その気持ち。お姉さんはずっとひとりだったから」


「そう……ですよね。ごめんなさい、こんなにウジウジしちゃって」


「…………」




 僕はウジウジしたことを謝るくせに、またしてもネガティブで陰気な返しをしてしまう。

 このままじゃダメだ、と思い実際に行動してみようとはするものの、頭の中では何回も描けているイメージトレーニング通りのことをすることができない。どうしても、ネガティブに心が腐っていってしまう。酷い有り様だ。




「ねえ、リン君。ちょっといい?」


「……なんですか?」


「今日から私のこと『アマ姉ちゃん』って呼んで?」


「わかり……ました……」


「ああ、それから。その敬語。私達は友達なんだから、敬語なんてい・ら・な・い! 普通、友達ってそんなもんでしょ。ひとりぼっちだった私が言うのは説得力に欠けるかもしれないけれど」


「はい、わかりま……うん、わかった」




 ついつい敬語が出てしまう口を一度つぐみ、訂正する。たぶん、こういうの久しぶりだったから、慣れていないのだ。


「よろしい」


 アマ姉はフフンと自慢気にそう言うと、明細表を元々入っていたファイルの中に丁寧にしまいこんだ。


「そういえば、リン君」


「なんです……何?」


「人間には名前だけじゃなくて、別名? 大層ご立派な名前もあるのよね? 一家相伝の~みたいな? なんか代々受け継いでる云々みたいな」


「ああ、苗字のことですかね?」


「また敬語に戻ってる」


「ああ、すみませ……ああ、まただ。本当にごめんなさ……」


「ねえ、それもしかしてわざとやってる?」


「ううん! そんなことないで……ないよ!」


 未だに慣れないタメ口を敬語から直し直しで答える。

 外国語を話すみたいな感じでなんだか難しくて頭がまわりそうだ。気持ち的に幻覚が見えてくるんじゃないかって思うくらいなんだか疲れる。




「まあ、いいや。で、話を戻すけどさあ、その名前ってなんて言うの?」


「『日ノ出』です」


「そう。日ノ出、って言うのね。なんかフツーな名前ね。もっとオシャンティーアイランド高橋とかワンダフルガーデニング小林とか、ネタにできそうな名前だったらよかったのに」


「なんか芸人さんみたいな名前ですね。存在しませんよ、そんな名前……」




 おかしな名前を唐突に出すので、僕は思わずツッコミを入れる。キレがあるかは置いておいて。


「ふぅ、それにしてもリン君の敬語病は深刻ね。これは一大事。今から特訓してみようか」


「と、特訓?」


「そう、特訓。だって、これじゃいつまで経っても友達感ないでしょ。あっ、あと勘違いしないでよね。面倒くさいけど、リン君を良成長させて私が後々美味しくいただくためにやってることなんだから」


 と、アマ姉は言い訳がましい言葉を僕に投げつけて、ぷいっ、とそっぽを向く。なんだか、こうして見ると友達というより……ペット? みたいだった。


「何か?」


「ううん、なんでもないよ」


 ジトリと睨まれるので僕は咄嗟に言葉で返す。

 なんというか、この感覚は新鮮だった。


「あっ、直ってる。それだよ、それ。それで話して!」


「と、言われましても……」


 腕を掴まれてブンブンと思いっきり振るわれるので、僕は困惑した目で返事をする。

 なんだか、久々に楽しいって気持ちが心を駆け巡った気がした。


「じゃあ、どうしようか。うーん、敬語で喋っちゃったら罰ゲームとか……」


 そう言って、アマ姉は手からドス黒い何かを生み出し、不敵な笑みを浮かべる。

 なんだろうか、とてつもなく嫌な予感がする。そして、悪寒もする。

 僕、存在を消されちゃったりするのだろうか。いや、約束上そういうことはしないと思うけど、でもなんかそれに近しい何かはありそうな気がする。

 だって、アマ姉ちゃんの目、笑っていないんだもの。

 僕はそんなことを思うと、身体の底から湧き上がってくる寒気と身震いをどうにか押さえ込もうとする。

 しかし、ガタガタと、それらは止まってくれそうにない。


「それはちょっと遠慮したいです……」


「ふふっ、冗談よ」


 そうアマ姉は言うものの、僕にとっては全然冗談には聞こえなかった。

 あざとい感じが、それはもう余計に怖さを増させていて……。


「うーん、じゃあ逆に……ちゃんとタメ口で話せたらご褒美……とか……」


「ご褒美?」


 アマ姉は頬を紅潮させながら恥ずかしそうにその単語を出すので、僕は思わずその単語の意味……内容を訊く。


「うん、その、えっと、ね?」


「僕は大丈夫ですよ。アマ姉ちゃんが友達でいてくれるだけで、もう僕にとってはご褒美みたいなものですから」


 言いにくそうに途切れ途切れに言うので、僕は気持ちだけ貰っておこうと、一つ二つ言葉を返した。

 それに、僕はご褒美を貰って良いという程、善行を積んだわけではないのだから。


「うーん、それじゃどうしたらいいのかしら。一緒に暮らしていたらいつか話し方が自然になってくるのかな? まあ、話し方なんて強制するものでもないしね」


 そう言ってアマ姉は僕の頭を優しく撫でる。その温もりもその微笑みも久しぶりだった。

 魔物というものは僕にはよくわからないけど、きっと魔物もその謎の魔法的な何かが使えること以外は人間と全く変わらないのだろうと思った。


「さてと、食事にしましょうか。もう人間にとっては良い時間みたいだし」


 時計の方を見るとそれの針たちは夜の七時を指し示していた。


「わかりました。ええっと、今具材とか調味料とかあったかな」


「作るのね。手伝うわよ、人間風じゃなくて、魔物風でよければだけど」


 そう言って、アマ姉は裾を捲り自信満々な表情で腰に手を当てた。


「ええと今あるのは、じゃがいも、ニンジン、タマネギ……だけみたいです」


「ふぅーむ、そうね。どうしたらいいのかしら?」


「ちょっと華はないかもしれませんけど、肉じゃがでも作りましょうか。……肉はない肉じゃがですけど。ご飯は冷凍室に入れて保存してあるので、それをレンジでチンして解凍、って感じかな?」


「なるほど、なるほど。お姉ちゃん、頑張るわね」


 そんなこんなの会話をして、僕らは料理を作り始めた。

 これも久しぶりだった。誰かと一緒に料理を作るということは。

 ……だから、少し怖いという気持ちが僕の心の何処か深いちっぽけな溜まりにある。段々とアマ姉にお母さんの面影を感じてきてしまうような気がしてきて。

 そうなったら、また一気に過去へと戻っていってしまうだろう。

 せっかく、少しずつ前に踏みしめていっていたこの足を、パアにして、また一から……いやマイナスからのスタートになってしまう。それだけはダメだ。そう僕の心の中の片方は言っている。




「……大丈夫? リン君」


「……あ、ごめんなさい。少しぼうっとしてました。でも、もう大丈夫です。ちゃんと火とか見てないと危ないですからね!」




 アマ姉に心配されたので、僕は余計な気をつかわせたくないと、わざと強がってみせる。それが余計に僕の過去の後悔を強く感じさせてしまう要因になったとしても。




「……ちょっと料理は一時中断しようか。火も止めよう」


「えっ?」




 アマ姉は点けていた火を消し、僕の方へ近寄ると、僕の身体をギュッと力強く抱いた。




「リン君は頑張った。本当に頑張ったんだね。でも、頑張りすぎはよくないから、辛くなったら、悲しくなったら、いつでも私を呼んでね? だって、友達でしょ?」




 そう言って、アマ姉はまた僕の頭を優しく撫でた。

 まるで、赤ん坊をあやすかのように優しく、優しく。




「魔物の私でも知ってるよ。友達っていうのはね、助け合うものなんだ、って」


「…………」


「私はリン君の過去に何があったかなんて全く知らない。だから、深くその事情に首を突っ込むことなんてできやしない。おまけに過去を変えてやれる魔法も持ってない。でもね、慰めることくらいはできるんだ。だからね、辛くなったら私を頼って。いつかは食べちゃうことになるけど、今は友達なんだから」




 アマ姉はそれからニッコリと笑うと、僕の手を取って僕の指とアマ姉の指とを絡み合わせた。




「これ、魔物間での友好の証としてやる所作。今、お姉ちゃんが元気になるおまじないを掛けておいたからね? 大丈夫、これで。もう心配ない。それに困ったときは私がいるから。さて、料理の続きをしよ? もうお腹ペコペコでしょ?」


「……うん」




 こうして、僕はまた一つアマ姉の優しさを知ってしまった。

 ちなみに料理はどうなったかと言うと、少し焦げてしまったが、何故だか美味しかった。

 たぶん、二人で作ったものだからかもしれない。

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