第九十九話 歌歌いが歌歌えと言うけれど
何だかんだでイジメ問題も解決し、普通の学校生活に戻りました。何故かは知りませんが、あれから私はクラスメートに話しかけられるようになりました。
それは良いのですが、少々怯えた様子なのとユウリの話が多いのが気になります。
注・遊は友子が釘を刺した事を知りません
女子高生らしいお洒落の話や美味しいスイーツ、アイドルの話なんかは一ミクロンも出てきません。今日も声優、と言うよりもユウリネタオンリーです。
「そう言えば、ユウリちゃん歌は出さないのかしら?」
「ユウリちゃんの歌声、聞いてみたいよな」
駆け出しの声優に歌の話なんて来る筈がありません。番組によっては主人公が主題歌を歌っていたり、キャラクターのイメージソングを歌っていたりしていますが、悪なりではそんな話は出ていません。
「・・・夏に出る。極秘だけど」
ボソッと言ったのは、窓際の席に座っている暗いオタク風の男子です。クラスの全員が男の子に注目しました。私と友子も例外ではありません。
「えっ、本当かよ!」
「詳しく教えて!」
速攻でクラスメートに囲まれる男子。友子は私の所に駆け寄ってきました。
「ねえ、遊。本当なの?」
「何で黙ってたのよ!」と言いたげな顔で迫る友子。聞いていない話なのでどうしようもありません。
「私だって初耳よ。どこから聞いた話なのかしら」
ニュースソースがネットの掲示板というのであれば、関係者を気取って持ち上げられたい部外者の捏造という可能性もあります。
巨大掲示板の1.41421356チャンネルには、適当な情報を流して関係者のように振る舞う輩もいるのです。時折それを信じた人に流布されて、風評被害で裁判沙汰になるケースもあります。
「本人が知らないなんてあり得るの?」
この場合考えられるのは、完全な嘘、まだ企画段階で正式になっていない話が漏れた、まだ私に話が降りてきていないだけ、の三パターンです。
嘘ならば良いのですが、残りのパターンの場合は彼は芸能界の情報を手に入れる事が出来る伝手があると言うことになります。
個人情報を詮索するつもりはありませんが、少し注意しておいた方が良いかもしれません。
そんな話をこそこそとしていたら携帯に着信が入りました。仕事用の携帯なので、友子に断ってチェックします。
「メールが来たみたい。ちょっとゴメンね」
仕事用の携帯をポケットから取り出して画面を見ると、桶川さんからのメールでした。開いて内容を見た私は、頭を抱えて机に突っ伏しました。
「・・・桶川さん、遅いわよ」
友子に携帯の画面を見せると、友子も呆れたようで深いため息をついています。その内容がこちらです。
「今度、キャラクター毎のイメージソングを収録するから。歌のトレーニングを今日からやるわよ」
今歌を出すこと言われました。今日からトレーニングという慌ただしさから察するに、桶川さんが私に伝え忘れたのでしょう。
「社長、連絡事項を時々忘れるのよね」
「遊、苦労してるのね」
友子は優しく肩を叩き、同情してくれました。今はその優しさが身に染みます。
「仕事は面白いし、やりがいあるのよ。でも、まともな大人が少ないのが悩みの種なのよ」
仕事先でも学校でも、変な大人しかいないような気がします。一瞬頭の中に「類は友を呼ぶ」という言葉がよぎりましたが、気のせいだと思いましょう。
だって、それを認めたら私も同類という事になるのですから。桶川さんならまだしも、校長や教頭と同類なんて嫌です。
「遊、頑張ってね。私は面白可笑しく傍観させてもらうから」
にっこりと微笑みながら突き放す友子。私は深いため息をつくと、授業の準備をしました。
その後、特筆する事もなく放課後になりました。寄り道するという友子と別れ、一人で帰宅します。ユウリになって軽く変装すると、事務所に向かいました。
事務所に行くと、桶川さんがてぐすね引いて待っていました。
「待ってたわ。すぐに歌の練習に行くわよ!」
手を引かれてボイストレーニング用の部屋へ。部屋には講師となってくれる先生が待っていました。
「ユウリちゃん、初めまして。ボイストレーニングを担当している、宮原ミキです」
「初めまして。ユウリです」
宮原さんは、黒髪をショートカットにした優しそうな女性です。穏やかな雰囲気の人で、少しおっとりとした話し方をします。
「早速、一曲歌ってもらいましょう。ジャンルは問わないから、好きな曲を選んでね」
渡されたカラオケの本をパラパラと見ます。中から適当な曲を選んで指差しました。
「では、これでお願いします」
「はいはい、般若心経ね・・・って、歌じゃないでしょ!」
指し示したタイトルを見て、桶川さんが叫びました。そういう苦情は、カラオケのラインナップに入れた人に言って下さい。
「ジャンルを問わず、好きな曲と言われたのに・・・では、これをお願いします」
歌唱力を確認するのに、お経を選んだのは不味かったかもしれません。なので、次はちゃんとした唱歌を選びました。
「鉄道唱歌・・・長すぎるわよ!」
またもや桶川さんからクレームが入りました。連絡ミスによる鬱憤を、ここで少し晴らさせて貰いましょう。別のページを捲り指差します。
「えっと、今日の星占いって、いい加減にしなさい!」
後頭部をハリセンで思い切り叩かれました。地味に痛いのですが、その銀色で不思議な光沢のあるハリセンは何で出来ているのでしょう。
「・・・私、漫才見に来たんじゃないんだけど?」
温厚そうな宮原さんから、凍りそうな冷たい視線を向けられました。おふざけはこの辺にして、一応真面目に選びます。
テンポの早いメタルな曲を選びました。それを見た宮原さんは複雑な顔をしましたが、一応ちゃんとした曲なので機械に入力してくれます。
「ユウリちゃん、どこまでもネタに走るのね」
宮原さんは呆れたように私を見ますが、桶川さんは知らないらしく、キョトンとしています。
この歌は英語の歌詞の歌なのですが、発音を日本語で解釈出来るという技ありの歌です。その発想が面白いので、お気に入りの曲です。悪魔になりきり熱唱しました。
サブタイは演劇の発声練習の一部です。
歌歌いが歌歌えと言うけれど歌歌いのように歌歌えぬから歌歌いのように歌歌わぬ
だったと思います。




