第九十二話 不合理な心
教室中を敵に回した放課後。敵意に満ちた視線をまるっと無視して帰る準備をしています。すると友子が来て周囲に聞こえない音量で囁きました。
「遊・・・ちゃんと手加減するのよ?」
心配そうな友子。そこは普通虐められる私を心配する場面なのではないでしょうか。
「大丈夫よ。怪我はさせないわ・・・多分」
私は小さい頃にいじめにあっていました。伊達眼鏡や髪を下ろさないのは、目立たないようにする自衛手段なのです。その経験があるので、いじめをする連中がやりそうな事は予想できます。
「今回は奥の手もあるし、心配いらないわ」
「遊、心配なのは相手の方よ」
私が負けない事前提のようです。確かに負けるつもりは毛頭ありませんが、最初からそう断言されるのも複雑な気分です。
「私は行く所があるから、1人で帰るわね」
友子を残して教室を出ます。行く所があるのは本当ですが、一番の目的は虐めの対象に友子が入らないようにするためです。
私が出た後の教室では・・・
「ちょっと友子、なんであの子の味方するのよ!」
「そうよ!友子もユウリちゃんのファンでしょ!」
生徒達は「私を無視する」と決めたようです。それなのに私と話していた友子に、皆が詰め寄っていました。
「遊はユウリちゃんを侮辱したわけじゃないでしょ?それに、いじめに加担するなんて、私には出来ないわ」
毅然と反論する友子。しかし自分達が絶対に正しいと思っている生徒達にはその言葉は届きません。
「北本さんの次はあなたが標的になるわよ?」
「後悔するわよ!」
脅すようにたたみかける女子達。それでも友子の意思は変わりませんでした。
「何と言われても、親友は裏切れないわ!」
憤然と教室を出る友子。残された生徒達は、憎々しげにその背中を睨むのでした。
一方、教室を出た私は校長室に向かっていました。ノックをして中に入ります。
「おや、北本さん。どうかしましたか?」
「ちょっとお願いがありまして・・・」
教室での出来事を説明した。感情は排して、出来るだけ客観的に起きた事を話したつもりです。
「それは逆恨みではないですか!嘆かわしい!」
「それで、対策をしたいので・・・」
ここで校長先生に対処して貰えば私は楽でしょう。しかし、それでは本当に解決されるとは思えません。一時は収まっても、不満は燻りまた再発するに決まっています。
「手に負えないようなら、早めに言って下さい。いじめは見過ごせません!」
「大丈夫です。今までにいじめを受けた経験はありますから、相手の出方は分かります」
「出来るだけの協力はします。無理はしないで下さいね」
虐め対策の了解を得たので校長室を出ます。そのまま家に帰り、対策に必要な道具を準備しました。その後書斎に行き、両親にも事情を話しました。
「遊ならば大丈夫だと思うけど、無理したらダメよ」
「女の子なんだから、無茶をするなよ」
信用してくれながらも、心配してくれます。
「ありがとう。何かあったらすぐに言うから」
両親に報告も終わり、戦闘開始です。明日は土曜日でお休みなので、戦いは月曜日からになります。
翌朝、授業はありませんがいじめ対策をするため学校へ向かいます。下駄箱や机をチェックしましたが、まだ何もされていませんでした。
教室と下駄箱に細工を施して一旦帰ります。今日は夕方からラジオの収録があり、暫し休憩して心と体を休ませます。
蓮田さんの相手を務めるのは、結構消耗します。気に入ってくれてるのは有り難いのですが、ちょっと、いえ、かなりくっつきすぎです。
ラジオの方は、番組は軌道に乗り順調過ぎるほど順調にいっています。出演者の声優さんが都合良いときはゲストに来て戴いているのも好評です。
今日もゲストさんが来る予定ですが、良いタイミングで良い人が来てくれます。
とりあえず家に帰った私は、休もうとして・・・由紀に捕まりました。目が据わっているのですが、私由紀に何かしたのでしょうか。全く覚えがありません。
「お姉ちゃん、お帰りなさい。私、変な噂を聞いたんだけど」
帰るなりリビングに引っ張りこまれ、今はソファーに向かい合わせに座らされました。
「変な噂?何を聞いたのよ」
「・・・お姉ちゃんがユウリさんを侮辱したって!」
高校内の話が、もう由紀に伝わっていました。一体誰から聞いたのでしょう。
「私はユウリちゃんを侮辱した覚えは無いわよ?」
教室での出来事を話します。説明を聞いた由紀は複雑な顔をしていました。
「ユウリさんに関する事を『下らない』と言うのは、ちょっと納得できない」
事情を聞いて、非があるのはクラスの方だとは思ったようです。しかし、理性で分かっていても感情が納得しないという感じで折り合いがつかないのでしょう。
「個人の価値観をどうこういう気は無いわ。でも、その価値観は普遍的なものではないのよ。それを改めろとは言わないわ。だけどそれで他人に迷惑をかけて逆恨みするのは止めて欲しいわね」
由紀は半泣きになって私を見ています。反論しようにも出来なくて困ってる時、いつもする表情です。私はソファーから立つと、由紀の頭を優しく抱きしめました。
「ユウリちゃんを好きだから、納得出来ないのね。ならば納得する必要なんてないのよ。それは、何かを好きになった人の特権なのだから」
抱えた由紀が小さく頷きます。そんな由紀の頭を撫でながら、私は自分で言った内容に戸惑っていました。




