第九話 打ち上げ
「ユウリさんは何飲む?」
スタッフの方がメニューを見せてくれました。私は未成年なので、選ぶのは当然ノンアルコールです。
「私はオレンジジュースで」
「えぇ~、一杯目はお酒行こうよ」
「そうだよ~。今日は仕事終わりでしょ?」
執拗にお酒を勧められます。どうやって断れば良いのでしょうか?私はこういう場所は初めてなので分かりません。
「あっ、ユウリちゃんは未成年だから」
見かねた桶川さんが助け船を出してくれました。出来たらもう少し早くと思ってしまったのは傲慢でしょうか。
「じゃあ仕方ないなぁ」
全員にグラスが回ったのを確認して、朝霞さんが音頭を取りました。本来主役をやる私がやるべきらしいのですが、未成年なので準主役をやる朝霞さんにお鉢が回ったそうです。
「では、一回目のアフレコ終了を記念して、乾杯!」
乾杯をして、各々話し出します。どうやら前任者が逃げた事で皆さん気を揉んでいたようで、かなり安堵している模様。
「ユウリちゃん、お疲れ様!初めての割には良かったよ!」
「はい、ありがとうございます」
次々とスタッフさんや声優さんが声をかけてくれます。とりあえず無難に答えておきました。
「ユウリちゃん、可愛いよね~。アドレス交換しよう」
「え?えと、その~・・・」
どうして良いか分からずパニックになる私。お酒も飲んでいないのに、顔が赤くなっているのが自覚できます。
「ほらほら!ユウリちゃん怯えてるじゃない!ムサイ男は散った散った!」
私の周りにいた男性を蹴散らして、女性声優さんが数人、私を囲んで守ってくれました。
「ユウリちゃんお疲れ様」
「あんなの相手にしちゃダメよ!」
「しかしユウリちゃん、可愛いわね」
ほっとしたのも束の間、今度は誉め殺しです。どう答えて良いか分からずにいると、それが火に油を注いだようです。
「本当!お人形さんみたい!」
「それ以上よ!」
「お持ち帰りオッケーかしら?」
お人形さんは言い過ぎです。それに、持ち帰らないで下さいます。私はテイクアウト出来ません。
「それにこの髪!」
「長い髪って良いわよね」
「でもお手入れが大変よね」
「でも綺麗な髪だわ。シャンプーは何処のを使ってるの?」
流石声優さんです。酔っていても淀みなく、聞きやすい発音で質問してきます。全く答えないのは失礼なので、答えられそうな質問に答えます。
「ありがとうございます、シャンプーは・・・」
何とか答えているうちに馴れてきて、食べながら応対もできるようになりました。
「では、そろそろお開きにしましょうか!」
気が付くと、零時近くになっていました。中学生がこの時間まで音沙汰無しって、まずいわよね。
携帯を確認すると、親から着信が入ってました。母親に大急ぎで電話します。
「あ、もしもし、連絡出来なくてご免なさい!」
「遊?ご飯食べたから、食べて帰ってきてね」
それだけで切られました。中学生の娘が、深夜零時まで連絡しなかったのにそれだけなの?
「あら?どうしたの?」
項垂れた私を見て不思議がる桶川さん。
「いえ・・・家庭の問題でちょっと・・・」
「家庭の問題なら聞かないけど。そうそう、解散するから呼びに来たの。行きましょう」
慌てて皆が集まってる場所に走ります。新人がベテランの先輩方を待たせるなんて大失敗です。
「すいません、親に連絡してたもので」
遅れた事を謝ると、口々に気にしないようにと言ってくれました。皆さん優しくて好い人ばかりです。
「じゃあ、次の収録でね!」
「またね!」
「今度はアドレス教えてね!」
皆さんタクシーに乗って帰って行きました。私は桶川さんが送ってくれるみたいです。
気疲れもしましたが、楽しい一時でした。この人達と一緒なら、また来たいと思いました。