第八十七話 尋問
「失礼しま・・・失礼しました」
ノックして中に入ろうとした私は、踵を返し教室に戻る事にしました。何故ならば、そこでは修羅場が展開されていたからです。私はあの中に進んで入るほど愚かではありません。
「教頭!新刊の刷り上がりは?」
「印刷所から先程届きました。OKです!」
「売り子の手配は!」
「生徒から有志を募りました。人数は足ります!」
大量の段ボールに囲まれ、慌ただしく動く校長先生と教頭先生。何が行われているかは知らないし知りたくもありません。しかし、私の勘が告げています。あれに関わってはならないと。
「ちょっと待ったぁ!聞きたいことがあるだけだから!手伝ってなんて言わないから!」
閉めようとしていた扉に手をかけ、必死で叫ぶ校長先生。この姿を見て、誰が彼を教育者だと思うでしょうか。
「とりあえずここに座って」
教頭先生が応接セットの周りを片付け、紅茶まで用意していました。紅茶にスコーン、蜂蜜や生クリームまで用意されています。
甘い物が好きな女子には、この誘惑は断ることが出来ません。ソファーに座ると、対面に二人が座りました。
「北本さん。この間収録の脳力試験、何があったんですか?」
「何の事ですか?」
とりあえずしらを切ってみました。一般人の方が漏らしていない情報を、入りたての下っ端とはいえ業界人の私が漏らせる筈がないではないですか。
「収録で何かあったと、ネットでは凄い話題になってます」
「北本さんが知らない訳は無いですよね?」
何かあったと言うことは話題になっているようです。しかし、具体的な内容は秘匿されたまま。これは、当日の視聴率は凄い事になるのではないでしょうか。
「ネタはあがってるんだ!」
「正直に話して貰えませんか?」
百ワット電球の付いた卓上電灯を私に向ける校長先生。一体、どこから出したのよ!
「ほら、カツ丼食うか?」
これまたどこから出したのか、カツ丼が入っているらしい丼を差し出す教頭先生。ここは取調室ですかっ!
あ、ちなみに、本当の取り調べではカツ丼は出ません。留置者は警察署で注文している弁当が支給されるので、勝手にそんな物を食べさせたら刑事さんが処罰されます。
出てもせいぜいお茶かコーヒーくらいだと関係者から聞いたことがあります。
「今話すと、木曜日の放送がつまらなくなりますよ?」
「それでも良い!」
「私は知りたい、もっともっと知りたい!」
紅茶とスコーンをご馳走になりましたし、どうせ三日後にわかる事なので話しても良いか・・・なんて考える訳ありません。
「私の口からは言えません。友子も知っているので、彼女に聞いたらいかがですか?」
それだけ言うと素早く席を立ち、校長室から退出しました。教室に帰ろうと廊下を歩いていると、校内放送がかかりました。
「岡部友子さん、北本遊さんと校長室に来てください」
早速呼んだみたいです。でも、何で私まで?
教室の扉が開く音がしたので、気配を消して手近にあった階段の影に隠れました。
「遊、さっき呼び出されたはずなのに、何でまた呼び出されてるのよ・・・」
ブツブツ言いながら校長室に向かう友子。上手くやり過ごし、姿が見えなくなってから教室に入りました。
「あれ?北本、呼ばれてなかったか?」
「下らない内容だったので、逃げてきました。教室にいると校長先生が来そうなので、早退します」
自分で言っておいてなんだけど、こんな理由で早退って認めてくれるかしら?
認められないとしても、残るつもりはありません。校長先生と教頭先生が友子を尋問している間に脱出しましょう。
「校長の乱入は勘弁してほしいな。北本、公欠にしとくから、早く避難しろ」
「ありがとうございます!」
先生も校長先生の乱入は避けたいようで、協力してくれました。手早く荷物をまとめ、教室を出ます。
友子や校長先生が居ないか確認しながら、気配を殺して校舎を出ます。無事に校門をくぐり抜け、学校外への避難が完了しました。
さて、これからどうしましょう。出て来たのは良いけれど、やる事も行く場所もありません。思案していると、何やら見慣れた車が走ってきました。私の目の前で停車した車から顔を出したのは桶川さんでした。
「あら、授業中でしょ、どうしたの?」
簡単に事情を説明しました。学校のツートップがどんな人間かを熟知している桶川さんは驚きもしません。
「良いタイミングだったわね。電話する手間が省けたわ。乗って頂戴」
とりあえず後部座席に乗りました。桶川さんと行動するのに遊のままではマズいので、手早くユウリになります。
「着替えなくても大丈夫よ、今日は仕事じゃないから」
え?それでは何故迎えに来たのでしょう?
「司会もやるのに、服が足りないでしょ?」
服と聞いて、逃げ出したくなりました。しかしここは高速で走る車の中です。
逃げ場のない私は、せめて早く終わりますようにとハトホル様にお祈りを捧げるのでした。




