第八十四話 降板
収録の当日。セットの裏から見ると、ワクワクして落ち着きのない4人が目につきました。
何か今日は変な感じがします。桶川さんがやけにニヤついていて、こういう時は何かがあるのです。
これだけなら時々あります。何か隠してやっている桶川はいつもこんな感じです。しかし、今日は家族が来ています。何かが内緒で進行中だと思うのですが、家族が巻き込まれる可能性もあるので注意が必要です。
そして、司会の朝霞さんともう一人の司会役の女性も挙動が変で、スタッフの一部にもそれは言えました。
今日の収録、絶対に何かが起こります。何が起きても対処出来るように気を張っていましょう。
「クイズ、脳力試験!」
朝霞さんのタイトルコールで収録が始まります。ADさんの合図に合わせて拍手が起こりました。
「はい、今週も始まりました脳力試験。今週も強力な回答陣でお送りします」
朝霞さんと司会をしている女性アナウンサーのセリフが終わり、解答者の紹介に移ります。ここまでは問題ないですね。
「そして、強力な優勝候補、ユウリちゃん!」
「今週も頑張ります!」
挨拶をして、頭を下げます。次の瞬間、朝霞さんの爆弾発言が飛び出しました。
「ユウリちゃんは、今日で解答者最後となります」
最後という事は、私は番組を降ろされるのでしょうか。司会の二人や一部のスタッフさんの挙動が怪しかったのは、それを知っていたから。
桶川さんが家族に見学券をくれたのも、私が出る最後の回に見学をさせたかったからでしょう。そう考えたら辻褄が合います。
「最後なら頑張らないといけませんね・・・って、聞いてませんけど?!」
スタッフの間にも動揺が見えるので、それを知っていたのは僅かな人間だった事が伺えます。
「はい、ここで発表します。私、今週をもって寿退社することとなりました!」
「「「ええ~っ!」」」
アナウンサーのお姉さんの暴露に、解答者・お客さん・スタッフ一同が驚きの声をあげます。私の降板といい、今回の収録はサプライズがありすぎです。
「と言うわけで、来週からユウリちゃんには僕と司会をやってもらいます」
私が朝霞さんと司会?では、番組を降ろされるのではなく解答者から司会に移るということでしょうか。
軽くパニックに陥りましたが、真っ先に言わなければならない事があります。
「ご結婚、おめでとうございます!」
私が祝福の言葉を言うと、それが皮切りとなって解答者の皆やお客さんからも祝福の言葉が投げられました。
「ありがとうございます。これが私の最後の司会になります。精一杯頑張ります!」
お祝いムードの中収録は進み、私は解答者最後ということもあって気合いを入れました。
結果は、ぶっちぎりの優勝です。独走しすぎて番組的には面白くないかもしれませんが、最後なので大目に見てもらいましょう。
そしてフィナーレとなりました。セットの前に立たされた私は、司会のお姉さんと向き合います。
「ユウリちゃん、優勝おめでとう。後の司会、よろしくね!」
「はい、精一杯頑張ります」
差し出された右手を両手で包むように握ると、周囲から盛大な拍手が起こりました。最後に全員で手を振って収録は終了です。
「では、都合のつく人は送別会に行きますよ!」
朝霞さんが出演者一同に声をかけます。私は、この後のスケジュールを確認するために桶川さんと合流しました。
「桶川さん、この後のスケジュールってどうなってます?」
「送別会でしょ。もちろん大丈夫よ」
やはり桶川さんは知っていたようです。所属事務所に話が通っていないという事は無いでしょうから、当然と言えば当然です。
「桶川さん、この事知ってたんですね」
「もちろんよ。ユウリちゃんの仕事は私が管理してるのよ?司会の依頼も私に来るんだから、知らない訳がないわ」
念のため聞いてみれば、予想した通りでした。お父さんが見学に来ることに拘ったのも、司会に就任する時を生で見てもらうためだったそうです。
「桶川さん・・・ありがとう!」
桶川さんが反応する前に、朝霞さんの所に走ります。後ろからクスクスと笑う声が聞こえてきたのは、空耳だと思って忘れましょう。
「朝霞さん、私もオッケーです」
「良かった。ユウリちゃんはもう一人の主役だからね。ユウリちゃんの就任祝いも兼ねるんだから」
結局、出演者の殆どの人が参加して送別会へ向かいます。結構広いお店を貸しきりにしてありました。
「では、七里アナの結婚と、ユウリちゃん司会就任を祝って、乾杯!」
朝霞さんの音頭で送別会が始まりました。あ、七里さんは今回結婚する女子アナさんの名前です。
「七里さん、おめでとう!」
「いつの間に相手を捕まえたんだ?」
「この私の情報網をもってしても悟らせないとは・・・」
七里さんの周りに皆が集まり、祝福しています。
・・・なんか一人変な人がいるみたいだけど。
なんて呑気に考えている私も、皆に囲まれてしまっています。
「司会就任おめでとう!」
「局の中では最年少よ!」
「朝霞さんとのコンビ漫才、楽しみにしてるわよ!」
「目指すはMー1優勝ね!」
芸能界入りして半年も経っていない私に、皆が期待してくれています。それを裏切らない為にも、朝霞さんと呼吸を合わせてM-1優勝を・・・
「私がやるのは司会で、漫才じゃありませんよ!もう酔ってますね!」
「え?二人が不規則にボケとツッコミをやる次世代型漫才じゃないの?」
お願いします、真顔で驚かないでください。周囲の人達も、当然のように首肯して同意しないでくださいよ。
「私、一応声優なんですけど・・・」
一度、世間が私の職業を何だと認識しているのか調べる必要があるかもしれません。
折角名前が出たのに、消え去る運命の七里さん。




