表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/444

第八十二話 アキバ戦線異常アリ!

「良かったわね、由紀。前から見学に行きたいと言ってたものね」


 あまりユウリの姿を由紀に見せたくないけれど、由紀の姉の遊としては喜ぶしかありません。純粋に喜んであげられない自分に、少し嫌悪を感じます。


「私は見学した事があるし、お父さんとお母さんと一緒に見てらっしゃい」


「え?お姉ちゃん行かないの?お姉ちゃんと友子お姉ちゃんと一緒に行こうと思ったのに」


 私も行くのであれば、ユウリはその回お休みすることになります。由紀はユウリが休んでも朝霞さんを生で見られるので良いかもしれませんが、私としては許容出来ません。


「私は仕事があるから行けないのよ。ゴメンね」


「え、お姉ちゃんとユウリさんを見に行きたかったのに!」


 私と行きたいというのは嬉しいのですが、それの実現は限りなく不可能に近いのです。


「くれた人も気が利かないわ。その日くらい、お姉ちゃんに休みをくれても良いのに!」


 すねながら文句を言う由紀。収録の日は仕事になるので、それは無理難題というものなのよ。


「それは我慢してね。それよりも、まずい事態になりそうよ」


 周囲に漂う、不穏当な気配。先程の由紀の絶叫で、私達は注目を浴びています。

 オタクが集う街・秋葉原で、人気声優が司会をする番組の見学券を持っていると由紀は叫んでしまいました。私が行けない、つまり券が一枚余ると言うことも。その状況を声優好きなオタクが見逃す筈がありません。


「あの、見学の券、余っているなら売ってもらえませんか?」


 全く知らない男性から声をかけられました。言葉は下手に出ていますが、その眼光は獲物を狙う猛禽類を彷彿とさせます。


「そういうのはお断りします」


「そこを何とかお願いします!」


 食い下がるオタクの男性。周囲では、次に交渉する権利を巡って牽制が始まっています。


「由紀、私が手を握ったら全力で走るのよ」


 由紀にしか聞こえないよう調整した声で伝えます。ちゃんと聞こえたようで、由紀は小さく頷きました。


「お金ならば、相場の倍・・・いや、三倍支払います。なので、どうにか」


 交渉の言葉の途中で由紀の手を握り走ります。懇願する男性の脇を抜け、由紀と共に階段を駆け降ります。

 そのまま店を出て駅方面に疾走。振り返ると、店内にいたと思われる人達が追走してきます。


「捕まる訳にはいかないわ。由紀、振り切るわよ」


「テニスで鍛えた脚力を持ってすれば朝飯前よ。全国一位は伊達ではないという事を証明するわ!」


 テニスの練習で脚力だけではなくフットワークも鍛えている由紀は、人混みをさして速度を落とさずに走る事を可能としていました。

 対して追っ手の人達は走れば人にぶつかり、速度を緩めれば差が広がるので距離が加速度的に開いていきます。


「これならば無事に帰れそうね」


「お姉ちゃん、何でフラグ立てるかなぁ。それ、絶対に回収されるわよ」


 ゲームや小説ではあるまいし、後は秋葉原の駅から電車で帰るだけなのにと内心思いました。しかし、由紀が正しいことがすぐに証明されてしまうのです。


「あっ、見学券を持ってるのあの子達じゃない?」


「そうだ、特徴がそのままだ。と言うか、片方はテニスの北本由紀ちゃんじゃないか?」


 秋葉原駅周辺にいた人達が、私達を一斉に見つめました。嫌な予感がした私は、脇道にそれて更に加速しました。


「何で駅周辺の人達があれを知っているのよ!」


「単純に考えたら、掲示板か何かで拡散されたのね」


 電気部品を売る小さいお店が並ぶ小道を抜けて、大きい通りに出ました。


「いたぞ、あそこだ!」


「お願い、券を私に売って!」


 追っ手側の手勢は多く、包囲は重厚です。私達は彼等よりも高い身体能力を駆使して包囲の薄い場所を抜けて走ります。


「はぁ、はぁ、お姉ちゃん、ちょっと待って。ちょっと休ませてよ」


「自販機もあるし、少し休みましょうか」


 追っ手をまいて入った細い路地で、膝を折って息を整える由紀。自販機で水を買って由紀に渡します。私は水とおでん缶を買いました。


「お姉ちゃん、何で息を切らしてすらいないのよ。走り込んでる私より速いって、反則じゃない?」


「私も陸上系は一通りやったもの。演劇や声楽で肺活量も鍛えたしね」


 セリフを言っている時は息を吸えないので、長セリフを言うには結構な肺活量を必要とします。それに出し物によっては激しく動くので、体力もないと演劇は出来ないのです。


「いたぞ、あそこだ!」


「出会え、出会え!」


 追っ手に嗅ぎ付けられたようです。路地から飛び出し、秋葉原駅と逆の方に走ります。


「お姉ちゃん、駅は逆よ。どうするの?」


「秋葉原駅は使えないわ。このままお茶の水まで行って、そこから電車に乗るわ」


 小休止して由紀は体力も回復したようです。追っ手を徐々に引き離し、撹乱の為に神田駅方面に逃走します。完全に追っ手をまいた時点で右に折れ、無事にお茶の水駅に到着しました。


「お姉ちゃん、お茶の水で正解よ。神田駅には網が張られてるわ」


 携帯からネットを見ていた由紀が報告してくれました。韜晦が成功したようで一安心です。


「念のため秋葉原に近付くのは止めましょう。新宿経由で帰るわよ」


 お茶の水から下り電車に乗り、新宿駅で乗り換えた私達は、無事に家に帰りつく事が出来ました。


「お姉ちゃん、私暫く秋葉原には行きたくないわ」


「私は二度と行きたくないわよ」


 流石の由紀も辟易しているようです。次のお休みは、絶対に一日寝て過ごそうと決意したのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ