第八十一話 桶川さんのお土産
「ユウリちゃん、そろそろ行くわよ!」
私の右腕に抱きついていた蓮田さんを引き剥がす桶川さん。残念そうな表情で抗議する蓮田さんは、完全に無視されています。
「妹さんを待たせてるんでしょ?早く戻ってあげなさい」
私の耳許で囁きつつ、手を引いて車まで歩きます。警備員さんが確保した通路を進み、イベント会場を離脱します。一旦駅から離れ、少し大回りしてからイベント会場付近で停車しました。
私はその間に着替えと身嗜みを調え、ユウリから遊に戻りました。
「妹さんとのデート中に呼び出して御免なさいね。これ、家族の皆さんに渡してね。妹さんも喜んでくれると思うわ」
手渡されたのは、一枚の封筒でした。中に何か入っているようですが、そんなに厚い物ではありません。由紀が喜ぶと言っていたので、アニメ関連の物でしょう。
とりあえず由紀と合流すべく、解散しつつある人混みに逆らって歩きます。由紀がいた場所に近づいたので電話をかけました。
「由紀、後ろのお店の前に居るから」
「あ、もう戻ってたんだ。すぐに行く!」
解散しつつあるとはいえ、密度の高い人混みを掻き分け近付いてくる由紀。人混みを縫って歩くのがやたらと慣れているように見えます。
「お姉ちゃん、早かったのね」
「イベント終わる前に戻ったんだけど、由紀のいる場所に近付けなかったのよ」
私=ユウリと思われないようにアリバイ作りをしておきます。実際、イベント中に戻っても由紀がいた場所に戻れなかったでしょう。
「じゃあ、少しイベント見れたんだね。お昼食べながら話したいな」
喋り通しで疲れていたので、その提案には大賛成です。手近にあったファーストフードのお店に入りセットメニューを注文しました。トレーを持って禁煙席に移動し、並んで座ります。
声でお仕事をする私には、煙草の煙は大敵です。なので、こういう場合には必ず禁煙席に座るようにしているのです。
「お姉ちゃん、どの辺りで戻ったの?」
テリタマフィッシュフライベーコンレタスバーガーの紙包みを解きつつ聞いてくる由紀。どんな味がするのか非常に興味ありますが、食べるのに多大な勇気を必要としそうなバーガーです。
「結構最後の方よ。人混みが凄くて、由紀の所に戻れなかったのよ」
「そっか、じゃあ始めの方を説明するね!」
嬉しそうにトークの内容を話す由紀。私はファンタ無花果を飲みながら静かに聞きます。
「・・・でね、ユウリさんがゲストだって、蓮田さんも知らなかったみたいなのよ」
由紀の話は止まりません。相槌を打つ隙すらないので聞き役に徹します。
「・・・でおわっちゃったのよ。もっと見たかったわ!」
話を終わり、私を見て真っ赤になる由紀。手元のバーガーは一欠片も減っていません。
「どうしたの?」
「ごめんね、お姉ちゃん。私だけ一方的に話しちゃって」
恥ずかしさを隠すようにバーガーを一口齧る由紀。私としては、観客目線での感想を聞けて参考にもなったので嬉しいのですが。
「由紀、私は話を聞いてて楽しかったよ?」
「・・・本当に?」
両手でバーガーを持ち、真っ赤な顔で見上げる由紀。その可愛さは、狙っているのかと聞きたいくらいでした。
「本当よ。だから落ち込まないの」
左手で頭をなでます。ようやく笑顔になってくれました。他に人がいる店内で撫でられるのが恥ずかしいのか、照れる由紀。しかしやめてほしくないようで、手を振り払おうとはしません。
由紀がバーガーを食べ終わったタイミングで桶川さんのお土産を出すことにしました。
「そうそう、これを貰ったのよ。由紀とイベント見に行ってた事を話したら、由紀へのお土産にって」
テーブルの上に封筒を置きます。茶色い封筒を目にした由紀はしげしげと見つめました。
「中身は何なの?」
封筒を手に取り、透かすように見る由紀。しかし、中身は透けないようで判別出来ません。
「私も知らないのよ。開けてみたら?」
「私が開けて良いの?」
聞きつつも、ペーパーナイフを手にする由紀。開ける気満々のようです。由紀はいつもペーパーナイフなんて持ち歩いているのでしょうか。
「開けて構わないわ。由紀にと貰ったのだから」
嬉しそうに封筒にペーパーナイフを入れる由紀。封筒の中には二つ折りにされた紙に何かが挟まっていました。
挟まっていたのは思いもよらない、しかし由紀が確実に喜ぶ代物でした。そして、それは私には素直に喜べない代物でもありました。
「うわぁ!良いの?これ、貰っちゃって良いの?」
桶川さんからの贈り物。それは三枚の脳力試験の収録見学券だったのです。




