第八十話 乗りきりました
遅くなりました
「こちらで待機をお願いします。蓮田さんが呼んだら出てください。蓮田さんはゲストがあなたと知りませんので」
付けて貰ったピンマイクを操作し、動作に問題がない事を確認します。こちらの準備が終わったのを確認し、蓮田さんに舞台袖から指示が出されました。
「えっ?ゲスト?聞いてないんですけど。可愛い女の子なら許可するわ!」
どっと会場が湧きました。あの中に入ると思うと、少し気が引けます。脳力試験の収録で見学者の人達の前には出ましたが、それとは比べ物にならない人数なのです。
しかも、台本などない完全なアドリブで蓮田さんの相手をして場を盛り上げなければいけません。
しかし、逃げる事も泣き言を言うことも許されません。私は仕事を受けた声優なのです。
・・・これが純粋に声優の仕事かと問われたら返答に戸惑うのですが、それは考えない事にしましょう。
「私は遊じゃない。声優のユウリ。私はユウリ・・・」
強引に自分へと暗示をかけることで、少し落ち着いてきました。ラジオの時のようにやれば多分大丈夫です。
「では呼んでみましょう。ゲストさん、可愛い子ならおいで。ムサいオッサンなら180度回れ右!」
ピンマイクのスイッチを入れ、ステージに踏み出します。姿を見せると歓声と拍手、そして柔らかい何かが私を包みました。
「キャー、ユウリちゃん!」
ちなみに、黄色い声を発しているのは見ているお客さんではありません。只今絶賛抱きつき中の、イベントの主役である蓮田さんです。
「おお~!蓮×ユウリちゃん!」
「生で見るとまた・・・」
「御姉様達・・・最高!」
まだ私は自己紹介すらしていないのですが、会場に集まった人のボルテージは爆発的に上がったようです。
先程聞こえた御姉様発言ですが、声色に聞き覚えがありました。チラリと声がしたであろう方を見ると、そこにはこちらを見て鼻血をダラダラと流している我が妹の姿がありました。
「蓮田さん、私自己紹介もしてないんですけど。イベントも進まないし、放してもらえませんか?」
イベントの係員さんも困っているでしょうし、見に来た蓮田さんファンの人達もイベントが進まないのは嫌でしょう。しかし、観客の反応は予想に対して真っ向から反する物でした。
「蓮田さーん、押し倒せー!」
「もっと見せてー!」
「私も混ぜてー!」
・・・私は百合キャラと認識されているのでしょうか。これは喜ぶべきか悲しむべきか、判断に迷います。
普通否定される同性愛者として悪評がたたないのは喜ぶべき事です。しかし、ノーマルな私が百合属性と誤解されるのは悲しむべき事です。
その議論はまたの機会にするとして、現状を打破しなくてはなりません。救いを求めて係員さんを見ると、皆鼻血を出しながらサムズアップしていて助けになりそうにありません。
「こんな格好での自己紹介になるとは予想外ですが、声優のユウリです」
「『悪なり』で共演してるし、ラジオでもお馴染みですよね!」
蓮田さんが補足をしてくれました。先輩らしくフォローを入れてくれるのは有難いのですが、それよりも放して貰えると助かります。
「蓮田さん、そろそろ放しませんか?」
「仕方ないわね。この柔らかさを放したくないのだけど」
不満そうにしながらも放してくれました。今はお仕事中だという事を忘れないで下さい。
「ゲストに抱きつきながらイベントやる声優さんなんて、私初めて見ましたよ?」
「女同士だから問題無いわ。でも、ユウリちゃんがゲストなんて聞いてなかったわよ?」
「はい。私も聞いたの十分前です!」
ネタだと思い、爆笑するお客さん達。だけどもこの話、本当なのですよ。
「十分でどうやって来たのよ?」
「コウに乗せてもらいました。F-16がスクランブルしてこないかヒヤヒヤしました」
あなたのイベント見に来てましたとは言えません。なので悪なりのネタで誤魔化します。
「さすがロザリンドちゃん。闇様は見た目がねぇ」
アニメや原作小説のネタを入れながら、トークは順調に進みました。台本が無いので不安でしたが、何とかなりそうです。
途中アフレコの再現をしたりとお客さんのリクエストに応えたりして時間は過ぎていきました。
「楽しかったけど、そろそろ時間です」
蓮田さんがイベントの終わりを告げます。お客さんからは「もっとやって」とか「延長して」との要望がとびます。
「御免なさいね、道路使用許可って魔法の効果が切れてしまうので、それは出来ないのよ」
「蓮田さん、それって魔法ではなくて、大人の事情と言いませんか?」
「うん。そうとも言うわね」
「そうとしか言いませんよ!」
漫才じみた会話に爆笑する人々。ラジオで放送しているノリを生で見て、喜んでもらえたようです。
「名残惜しいけど、この続きはラジオでお楽しみ下さいね!」
ちゃっかりラジオの宣伝をする蓮田さん。こういう辺りは流石経験を積んだベテラン声優と感心します。
「ユウリちゃんも、忙しい中来てくれてありがとうございました!それじゃ、またね!」
私と蓮田さんは、観客に手を振って舞台裏に引っ込みます。スタッフさんと桶川さんが拍手で迎えてくれました。
「ユウリちゃん、来てくれてありがとね!」
「こちらこそ、蓮田さんのイベントに出してもらえて嬉しかったです」
急な指名で慌ただしくなりましたが、良い経験となった事は確かです。これで由紀のご機嫌をとれる何かがあれば文句はないのですが・・・




