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第七十九話 呼び出し

 周りを見ると、人垣が段々増えてきて最後尾は見えにくい程になっていました。


「蓮田さんは一流だし、これからもっと増えるわよ」


 得意そうに言う由紀。由紀が凄い訳ではないのにどや顔するのは如何なものかと思います。


 その時、携帯が振動している事に気付きました。電車に乗った時にマナーモードにしてそのままだったのです。

 その携帯は仕事用で、着信画面には桶川携帯の文字が表示されていました。

 由紀から隠すように携帯を取り出します。あの子はこの携帯の存在を知らないのです。


「もしもし」


「良かった、繋がったわ。急ぎの仕事よ、今どこにいるの?」


 切羽詰まった声の桶川さん。何かあったのでしょうか。とりあえず正直に現在地を伝えます。


「妹の由紀と出掛けていて、地元に居ません。秋葉原にいます」


「ちょうど良かった!元鉄道博物館の前にいるわ。急いで来てね」


 それだけ言うと切れてしまいました。行くとも行かないとも言っていないのに、これでは行くしかありません。


「由紀ごめん、急ぎの仕事を言われたの。行ってくるね」


 一瞬落胆した表情を見せた由紀は、すぐに笑顔を作ってくれました。無理をしているのがバレバレです。


「お仕事じゃ仕方ないわね。お姉ちゃん、頑張ってね」


 久しぶりの一緒のお出かけを喜んでいた由紀。それを台無しにした以上、何かしらの代償をもぎ取って来ましょう。


 鉄道博物館は、ここからだと駅を挟んで反対側にありました。今は移転していて、跡地に鉄道博物館があった名残は残っていません。


 私は人混みをかきわけ、裏通りを抜けて走ります。電気街を抜け、線路脇の川を渡るといつものワゴン車が止まっていました。

 運転席の桶川さんが手を振っています。ドアを開けて乗り込みました。


「ユウリちゃん、助かったわ。仕事場はすぐそこよ。急いで着替えてね」


 すぐそこの仕事場と言われて、真っ先に思い当たるのは蓮田さんのイベントです。


「蓮田さんのイベントとか言わないですよね?」


「大当たり。急にゲストを呼ぼうとなったらしくて、私もついさっき言われたのよ」


 今回は桶川さんも被害者のようです。これでは桶川さんには文句を言えません。


「私は妹に付き合わされてそれを見に来たんです。桶川さんはなぜ秋葉原に?」


「私は悪なりのグッズの調査よ。いわゆるリサーチってやつね」


 普通、そういうのは営業の人にやらせる物だと思います。何故に社長が直々に行っているのでしょうか。


「今後、ユウリちゃんのグッズを出す参考にするのよ。人任せだと良いアイデアが浮かばないから」


 私の心中を読んだのか、得意気に答える桶川さん。私のグッズとか、聞いていないのですけど。


「グッズなんて作るんですか?」


「あら、当たり前じゃない。レギュラー持ってて、クイズ番組にも出てるんだからこれ位当然よ」


 当然だと言い切られてしまいました。それが本当かどうか、さりげなく由紀か友子に聞いてみましょうか。でも、それが薮蛇になる恐れがあります。止めておきましょう。


「さ、着いたわよ」


 車が止まりました。外からは蓮田さんがトークをしているのが聞こえてきます。


「サプライズという事で、蓮田さんには内緒だそうよ。だから台本も何もなし。頑張ってね!」


 さらっと爆弾発言をされました。それって、全てアドリブで、暴走する蓮田さんを制御しなさいという事ですか?

 桶川さんに問い質そうとした所に、イベントの係員が来てしまいました。


「ユウリさん、いきなりの依頼に応じていただき感謝します」


「たまたま別の仕事で近くに居ましたから。こちらこそ呼んでいただいて、有り難く思っています」


 内心はどうあれ、それを表には出せません。にっこりと微笑み、頭を下げました。

 係員さんはホッとしたような表情になりましたが、堰を切ったように愚痴が飛び出しました。


「全く、社長が思いつきで『サプライズゲストにユウリさんを呼ぼう!』なんて言い出すから!せめて昨日言って欲しかったよ。現場で調整する方の身にもなれ!」


 私を急遽呼んだのは社長さんのようです。芸能プロの社長とは、思い付きで行動するものなのでしょうか。


「ゆ、ユウリちゃん、蓮田さんの所の社長がたまたまそういう性格なだけよ。芸能事務所のトップが全員そうだと思わないでね」


 桶川さんに精一杯のジト目を向けた後、盛大なため息をつきます。係員さんからは同情の籠った眼差しを受けました。

 振り回されている同志として、彼とは共感できる事が多くありそうです。


「ユウリさんとは上への感想(愚痴)を一日かけて語り合いたい所ですが、出る頃合いなのでお願いします」


 私と係員さんが語り合ったら、三日かけても足りないような気がします。

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