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第七十六話 弱肉強食

 ホテルに戻った後、私と里美は質問責めにあいました。こちらは命を落とす可能性もあったというのに、無神経な質問を繰り返す事にイラッとしましたが、余計な波風をたてるつもりはないので答えました。


 今はその質問責めから解放され、食事も終了。なんと熊鍋がついていました。これ、予定には無かったらしいのですが、もしかして・・・

 考えても仕方ないので、部屋に戻って休息します。


「疲れたわ。遊、お風呂に行きましょう」


 素早く用意をする里美。その意見については同意しますが、里美の思惑は外れる事になりそうです。


「行ってらっしゃい。私は部屋の風呂に入るわ」


「折角ホテルに泊まっているのに、大浴場に行かないのは勿体無いわよ!」


 私もそう思います。しかし、今日は昼間の件で疲れているので昨日の二の舞は御免です。それに髪を洗いたいので、一人で入浴する必要があるのです。


「今日はダメ、私が良いって言うまで戻らないでね。そうね、友子の部屋にいて欲しいわ」


 髪を洗って乾かしたら、二時間はかかります。明日は仕事なので、身だしなみは整えておかないといけません。


 渋った里美でしたが、熊との遭遇時に何も出来なかった負い目からか承諾してくれました。里美が行ったのを見送り、ドアチェーンをかけます。


 入浴シーンは省略されました。この小説は、全年齢対応の健全な物語です。

 あがって髪を乾かしていると、友子から電話がきました。


「里美が『閉め出された~』って泣きついてきたけど、どうしたのよ?」


「髪を洗いたかったのよ。見せるわけにはいかないでしょ?」


 今はドライヤーで髪を乾かしている最中です。うるさいからドライヤーは切ったけどね。


「髪を乾かして結ったら電話するわ。それまで預かっててね」


「利子は高いわよ?」


 利子って、質屋じゃあるまいし。ですが、そう言うならば対応しましょう。


「じゃあ質流れということで」


 質流れっていうのは、利子を払えずに預けた品物を没収されてしまうことです。


「じゃあ里美はうちで・・・って、出来るかぁ!早く引き取ってよね!」


「電話してると乾かせないのよね」


 あなたが遅くしてるのよ、と言外に滲ませます。実際、電話中はドライヤーを切っているので現在進行形で遅くなっています。


「わかったわよ。手早くね」


 通話を終えた携帯をベッドに放り投げ、作業を再開しました。里美が戻ったのは1時間後でした。


「やっと帰れたわ。一体、何をしてたのよ?」


「乙女にはね、秘密が付き物なのよ?」


 人差し指を唇に当てて微笑みます。


 ・・・はい。すいませんでした。後悔も反省もしてます。


「遊、私、あなたってキャラが分からなくなったわ」


 一応クラスでの私の印象は、「静かだけど、怒らせると恐い」となっているようです。


「まあ、人生には色々あるのよ」


 何とか里美を誤魔化し、眠りにつきました。人間、誰だって魔が差す事はあると思います。


 翌朝。朝食を食べ、部屋で荷物をまとめる私と里美。


「色々あったし、楽しい旅行だったわね!」


 帰り支度をしながら笑う里美。無事だったので笑って話せますが、一歩間違えれば二人とも落命していたとの自覚はあるのでしょうか。


「まさか、熊に出会うとはね。助かったから良いけど、一つ間違えたらと思うと・・・」


 軽く釘を刺しておきました。念のために持っていた発煙筒でうまく牽制出来たから良かったものの、危ない所でした。


「そういえば、何で発煙筒なんか持ってたのよ?まさか、熊に遭遇するって予測してたの?」


「予測というか、念のためね。まさか本当に使うとは思わなかったけど。使うとしたら、もう一つの使い道だと思ったわ」


 熊避けに鈴があったので、熊との遭遇は心配していませんでした。発煙筒は、別の用途で使うために持っていたのです。


「もう一つの使い道?どんな時に使うつもりだったの?」


「遭難した時よ。遭難して大切なのは、居場所を知らせる事だから」


 ヘリコプターで上空から探索しても、木々が生い茂った山では発見されない事もあります。真上を通っていても見落とされたなどという例もあるのです。

 なので、焚き火などで遭難場所を知らせる事が救出への大事な一歩となります。


「へぇー、遊って博識なのね!」


 なんて話しながらも作業を続け、荷物をまとめた私達は集合場所の駐車場へ移動します。途中、ホテルの玄関でホテルの支配人さんに呼び止められました。


「昨日は大変でしたね。これは猟師さんから、お二人にと預かりました」


 そう言って渡されたのは、寿司折位の包みでした。見たところ他の生徒は持っていないので、渡されたのは私達だけのようです。


「これ、中身は何ですか?」


「熊の掌だそうです」


 中身を聞いた里美は、反射的に包みを手放しました。昨日の熊の姿を思い出したのかもしれません。


「里美、いきなり手放したら落ちるわよ?」


 落ちる前に保持出来たので、中身は無事だと思います。でも、毎回キャッチ出来るとは限らないので、離す時は事前に通告してほしいです。


「掌って、何でそんな物寄越すのよ!」


「あら、熊の掌は珍味なのよ。熊は蜂の巣を壊して、掌に蜂蜜を塗って時々なめるの」


「その通りです。昨日怖い思いをされたので、そのお詫びだそうです」


 支配人さん、補足説明ありがとうございます。熊が出たのは猟師さんの責任じゃないのに、律儀な方々ですね。


「心遣い、ありがとうございます。では、失礼します」


 お辞儀をすると、里美も慌てて頭を下げました。集合場所に行くと、手にした二つの包みに注目が集まります。


「里美、これどうするの?」


「うちに持って帰っても、調理とか出来ないわ。遊が食べてくれる?」


 考えてみれば、普通の家庭で熊肉なんて料理出来る筈がありません。貰って帰ってももて余してしまうでょう。

 うちはお母さんが熊の調理経験があるそうです。宿営地に襲ってきた熊を仕留めて調理したとか。


 7.7ミリパラベラムだと足止めにもならないとか、笑顔で語ってくれたお母さん。過去を聞きたいような、聞きたくないような複雑な気分です。


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