第七十五話 ○○との遭遇
未知ではありません
翌朝。朝食は各部屋でとることになっていたので、里美と二人で食べました。普通の和食で、特筆する事は何もありませんでした。
食事を終えて、動きやすいジャージにリュックを背負って駐車場へ。先生方が地図とコンパス、弁当を手渡しています。私達もそれを受けとり待機しました。
「いいか、山の中は携帯の電波なんか届かないからな!要所要所に先生が立つが、無理はするんじゃないぞ!」
携帯を使えないと知って、不安がる生徒も結構いるようです。地図や方位磁針は用意されているのですから、迷う事はない筈です。使った事がないのでしょうか。
「それでは、行動開始!」
ペア毎に山道へと入っていく生徒達。ランダムで巡る目印の順番が違うため、皆が同じ道を辿るわけではないのです。
「遊、早く行きましょう!」
「ちょっと待って。・・・はい、お待たせ」
やたらと張り切っている里美を制して、自分の準備を完了させます。
「遊、何それ?」
「何って、見た通りの鈴よ」
私が腰にくくりつけたのは、棒に幾つかの鈴が付いた物です。万が一を考えて持参した私物です。
「それは見ればわかるわ。何でそんな物を付けるのかを聞いているのよ」
「野生の熊は臆病だから、金属音をさせると逃げるのよ。それを利用した熊避けね。本来の用途は違うのだけど、問題はないでしょう」
周囲にいた生徒や先生が、じっと私の鈴を見ています。熊対策をしていなくて、バラして分けて欲しいとか考えていそうです。
「鈴を鳴らさなくとも、金属を叩いて音を響かせればいいわ。それならば用意できるのでは?」
「それは本当か!おい、出発ちょっと待て。近くにいるペアは呼び戻せ!」
慌ただしく動く先生達。私と里美はそのまま出ても問題がないので、それを横目に歩きだします。
「進学校の教師だから、あの程度の知識はあると思ったのだけど・・・」
「学校で学ぶ知識と、実際に使える知恵は別という事ね。遊といると色々学べそうだわ」
山でオリエンテーリングをやるのであれば、野性動物に対する対処はやって当然だと思います。それをぼやくと里美がフォローしました。
「あった、チェックポイント!」
木々に紛れるように設置されたポイントを見付け、渡された地図の該当する場所にハンコを押します。
「そういえば、その鈴は何に使うの?用途が違うと言っていたわよね」
腰でリンリンと澄んだ音を鳴らす鈴を指差す里美。隠さなければならないような事ではないので、正直に答えます。
「これは補助具よ。祝詞や真言で浄化出来ないモノに当たった時に、これの音や舞踏を併用するの」
にっこりと微笑み答えると、里美の顔がひきつり冷や汗が頬を伝います。
「そのモノがナニかは、聞かない方がいいのよね。冗談・・・だったりは?」
無言で笑みを絶やさずにいると、里美はそれ以上聞いてきませんでした。ナニも居ないとは思いますが、備えあれば憂い無しという奴です。
黙々と歩き、順調にチェックポイントを回っていきます。ここまでは何事もなく、順調に回る事が出来ました。
「ふう、ここでお昼にしましょう」
途中で見つけた小寺で昼食をとります。無人の社でしたが、水道が生きていたので水の補給が出来たのが嬉しいです。念のため少し流してから手のひらにとり、色や臭いに異常がないか確かめました。
支給されたお弁当を食べ、軽く洗ってしまいます。食後の小休止をとり、立ち上がってジャージについた砂を払ったその時でした。
「グルルルル」
あまり聞きたくない音がきこえました。
「里美のお腹の音、じゃないわよね?」
「遊、どこからその余裕が来るのよ?」
社の後ろからのっそりと現れたのは、当たって欲しくなかった予想の通りの獣です。座って食事をとっていた為、鈴が鳴らず熊避けの効果を失っていたのです。
「まさか、熊に出会うなんてね」
熊から視線をそらさず、里美を後ろにかばいます。怯えた里美が震えているのが、背中越しに伝わりました。
「里美、合図したら道を下に降りて。熊は坂を降りるのが苦手だから、きっと逃げ切れるわ」
私はリュックサックから手探りで発煙筒を取り出しました。こんな事もあろうかと持参しておきましたが、まさか本当に使う羽目になるとは思いませんでした。
「五分も走れば先生が居るはずよ、先に行って事情を話しておいて。私も後から追いかけるから」
「わかったわ。遊も早く来てね!」
発煙筒を焚き、熊の注意を引きます。勢いよく上がった煙に、熊は一瞬面食らったようです。
「里美!」
短く叫ぶと、一目散に走り出す里美。それを足音で確認した私は、熊に集中して対峙します。
普通、素手で人間が勝てるのは中型犬程の大きさまでです。熊に素手で勝つなんて、漫画か小説でしかありえません。だから、里美を逃がしました。絶対に敵わないから。
でも、私も死ぬ気はありません。私だけなら逃げ切る自信はあります。
どれくらい経ったのか。熊と私は、目線を合わせたまま身動きひとつせずに向かい合っています。
そうしている間に、二人には友情が・・・なんて事は無く、鋭い叫び声が響きました。
「君、伏せて!」
とっさに伏せると、次々と火薬が炸裂する音が轟きました。一際大きな音が響くと、熊の頭部は消し飛び血を吹き出しながら倒れました。
「君、大丈夫か!」
立ち上がって振り返ると、走ってくる男の人達が目に入りました。皆銃を持っています。
M16に村田銃、ニューナンブにワルサーP38。81式小銃もあれば、やたらと体格の良いムキムキで半裸の人はM82を担いでいます。
火縄銃なんてどこから持ってきたのよ?対物ライフルを猟に使うの?
突っ込み所満載の一行ですが、助けてくれた恩人です。全てスルーしましょう。
「君、怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。助かりました」
私は猟師の皆さんに無事に保護され、一緒にホテルに戻りました。当然オリエンテーリングは中止。全生徒は教師と共にホテルに帰りました。
「M82の弾丸どこから補給してるんだ?」とか、「衝撃波で遊も無事では済まないだろ」等の突っ込みはスルーさせていただきますwww




