第七十二話 温泉で
「という訳で、露天風呂は深夜は使わないようにお願いします。下手をすると命に関わりますので」
「ということだ。気を付けろよ。あと、風呂を覗いたりするなよ。覗いた奴は夏休み返上で補習だからな」
野生の鹿や熊に襲われれば、戦闘経験のない高校生など一溜りもありません。なので妥当な注意なのですが、男子と一部女子からブーイングが飛びました。
「覗きは男のロマンです!」
「青春の大事なイベントを!」
「男の子同士の絡みを見れないなんて!」
何故に女子が抗議するのか謎でしたが、どうやら腐った女子が居たようです。
「ええい、騒ぐな!補習となれば、俺達だって夏休み返上になるんだぞ?そんなのはこっちも御免だ、だから覗くなよ!」
注意した理由が自分の休みの為というのは感心出来ませんが、休みを返上して働かされる事を考えると非難する気も失せてしまいます。
「では部屋の割り振りはパンフレットの通りだ。解散!」
愚痴を言いながらも解散する男子と少数の女子。それでも決行する勇者(お馬鹿)が出ないことを祈りましょう。
「遊、部屋に行きましょう」
「そうね、先に荷物を置きましょうか」
パンフレットを確認し、割り振られた部屋に入ります。部屋は和室で、奥に三畳程の板の間があり、椅子が二脚と小振りなテーブルが一つ。大きな窓からは秩父の山並みが雄大な姿を見せ、写真を撮りたくなる良い景色でした。
お茶を淹れて、置いてあった和菓子を食べます。旅に出て、一番落ち着く瞬間てす。
「遊、落ち着くのはまだ早いわ。温泉に入りに行きましょう!」
里美はすでに浴衣に着替え、着替えの下着とタオルセットを持っています。
「いつの間に着替えたのよ。少し落ち着いたら?」
「皆が動かない今が一番空いてるのよ!」
里美の言も一理あります。私も人がいない方が都合良いので、先にお風呂というのはアリです。
「わかったわ、今準備するから待ってね」
手早く浴衣に着替え、必要な物を持ちます。貴重品は備え付けの金庫に入れて、鍵は私が預かりました。
「さあ、いざ鎌倉!」
意気揚々と歩き出す里美に続き、私も歩きます。里美のテンションが異常に高いように感じるのは気のせいでしょうか。
「何でそんなにテンション高いのよ」
「せっかくの旅行よ、楽しまなければ損だわ」
今日と明日、沈んでいようと楽しんでいようとやることは変わりません。ならば楽しむ方が気が楽です。
「そうね。ならば楽しみましょうか」
大浴場に着き、脱衣所に入ります。中はガラガラで、誰もいませんでした。
「よっしゃ、一番乗り!」
誰もいない脱衣室にはしゃぐ里美。しかし、一番乗りではなかったようです。脱衣籠の中に衣服が入っていました。
浴衣の入った脱衣籠は二つあります。二人の先客がいるようです。籠を見ながら髪をキャップの中に押し込みます。
「せっかく一番乗りだと思ったのに・・・」
「はいはい、とにかく入りましょ」
いつまでも脱衣所にいたら風邪をひいてしまいます。私は声が変わったら仕事出来なくなるので、風邪をひくわけにはいかないのです。
「そうね、入りましょ。あら、眼鏡したまま入るの?」
温泉は成分によっては眼鏡の金属を腐食させる事があります。
ここもその例に漏れないようで、脱衣所に「眼鏡はお外し下さい」と注意書がしてありました。
「これ、フレーム金属じゃないから大丈夫よ。眼鏡無いと危ないから」
「そうなの。コンタクトにすれば良いのに」
話しながらもかけ湯をします。タオルも巻いてはいますが、さりげなく体の向きを傾け互いの体が目に入らないようにしています。
「コンタクトだと手入れが大変みたいだから」
実際は顔を隠すのが目的だからコンタクトでは意味がないのですが、そんな事は言えないので誤魔化します。
「あ、遊と里美も来たのね」
先客は、友子と友子のペアの子でした。何だか嫌な予感がしますが、ここで出ていくのも不自然すぎていらぬ不信感を与えてしまいます。
とりあえず湯船に入り体を温めます。ぬるめで長湯するのに丁度良い湯加減でした。木目が綺麗な浴槽で、足を伸ばしてくつろぎます。
「遊、浴槽にタオル巻いて入るのはマナー違反よ?」
「そういえば、何でタオル巻いて入ってるのよ。女の子しか居ないんだし、取ったら?」
悪魔の笑みを浮かべる友子に、里美も同調します。何だか嫌な流れになりそうです。
「他人と風呂に入るのに慣れてないから、恥ずかしいのよ」
言い訳をしつつ横にずれます。何とか逃れる道を探さなくてはなりません。
「私より立派な持ち物で、何を恥ずかしがるのよ。里美、良子、剥くわよ!」
良子というのが友子のペアの子のようです。右に良子、左に友子、正面に里美が展開し、包囲の体勢をとってきました。逃げ道は後ろの脱衣場方面のみ。
私は勢いよく立ち上がると、急いで浴槽から出ました。そのまま脱衣場を目指そうとしたけれど・・・
「遊、どこに行くのかしら?」
友子に腕を捕まれてしまいました。始めから立っていた友子と、座っていた私とでは初動で差がついてしまったのです。
「観念しなさい!そいやっ!」
掛け声と共にタオルが宙を舞い、視線が私の一部に集中しました。
「これは見事な・・・」
「ダイナマイトね」
絶句する友子と良子。里美は無言で睨んでいます。好きで大きくなった訳ではないし、苦労もあるのですがそれを言うのは火に油を注ぐ事になるのでしょうね。
入浴シーンはとばし・・・たらダメですか。




