第六十八話 学校行事
もうすぐゴールデンウィークという四月の後半。脳力試験の収録を撮った後、宴会に出ていた私は教室で半分死んでいました。
「元気無いわね。登校中も7割寝てたし、どうしたの?」
一応友子といつものように登校してきたのですが、話す気力が無くて何も話していなかったのです。
「昨夜、宴会に出てたのよ。断りきれなくて」
幸いにも脳力試験の出演者の方々に気に入っていただき、かなり可愛がってもらっています。それは有り難いのですが、そのためお誘いを断り続ける事が出来なかったのです。
「可愛がってくれてるのは有難いんだけど・・・」
未成年ということを忘れないで欲しいと願うのは贅沢でしょうか。皆さん優しいし、良い職場ではあるのですが。
「まあ、仕方ないわね。社会人なら付き合いは避けて通れない宿命のような物だわ」
優しく慰めてくれる友子。こういう時はさすが親友!って一瞬だけ思うのよね。
何故一瞬なのか。それは・・・
「でも、あの朝霞さんと一緒だったんでしょ?有名声優さんと飲み会に行くなんて、普通は夢のまた夢なのよ?」
嫉妬丸出しで言われました。耳元で小さな声で言ったので、他の人には聞こえてないはずです。もしも他人に聞こえるような音量で言えば四十八の必殺技が火を吹くので、それは守っているようです。
「友子、どうしたの?」
「遊が元気ないから、理由を聞いてたのよ。バイト先の宴会に付き合わされたんだって」
友子と仲の良い女子が話しかけてきました。友子の説明に納得した女子は、他愛のない話を続けています。
すでにクラスでは、私のバイトは知れ渡っています。何度か遅刻・早退をしたため、先生から軽く説明がありました。
もちろん、何のバイトをしているかは友子しか知りません。校内で私のバイト内容を知るのは校長先生と教頭先生、友子の三人だけとなっています。
他の先生方も知っていればもっと細かいフォローをしてもらえますが、その分秘密が漏れる可能性も高くなります。秘匿事項は知る者が少ない程守りやすい。それが両親からのアドバイスで、私も同意しています。
「ふうん。でも北本さん、何でバイトなんかしてるの?」
進学校のここでバイトなんてしている生徒は、私の他には一人もいません。教師は知りませんが、一応副業禁止のはずだからいないはずです。
副業ではなく、趣味で収益をあげている先生は居るみたいです。校長先生とか教頭先生とか、校長先生とか教頭先生とか。
意外にも二人がやっているサークルは人気があるようで、即売会に持ち込む品は毎回売り切れとなるそうです。
いっそ教師を辞めて、そっちに専念すれば良いのに。と思ってしまうのは私だけでしょうか。
「バイトの理由は、知り合いに頼まれたのよ。断りきれなくてなし崩しに続ける事になったの」
真相は頼まれたのではなく拉致されたのですが、そんな事はとても口に出せません。
「そうなんだ。バイトにかまけて留年しないようにね」
校長先生を見ていると到底信じられませんが、この学校は地域で有名な進学校です。試験で赤点などを取れば、容赦なく補講と追試の洗礼を受けます。
女子はそのまま自分の席に戻っていきました。それを見送った友子は、聞き捨てならない話をしてくれました。
「ところで、来週の宿泊研修の準備は終わった?」
「友子、宿泊研修って何?」
言葉からすれば、どこかに泊まり掛けで行く行事だろうと推測出来ます。しかし、私はそれがこの学校で行われると聞いていません。
「あ、遊はあの日早退したから聞いていないのね。来週の木曜日から土曜日にかけて、二泊三日でやるのよ」
「普通はこういうの、土日を使うわよね。何で平日なんだろ?」
いきなり前に座っている女子が会話に参加しました。彼女は宿泊研修の日程に疑問を感じていたようです。
「平日の方が、宿泊施設も空いていて安いからじゃない?」
私は当たり障りのない答えを返します。しかし、実際の理由は別だと確信しています。
多分、この日程を組んだのは校長先生です。月曜・水曜・土曜に仕事がある私が参加するには、その日程しかありません。
土曜の昼に帰れれば夕方からの収録に間に合うので、仕事に支障を来さずに参加できるのです。
「遊、一緒の部屋になれれば良いわね」
「え?二人部屋なの?どうやって部屋割りするの?」
「今日のHRでくじ引きみたいよ。友好を深める事が目的だから、ランダムに決めるって」
私の問いに、女子が親切に説明してくれました。これはちょっと不味いかもしれません。
私は友子以外の生徒の前では、眼鏡を取ることも髪を下ろす事も出来ません。同室者を決めるのがくじでは、いくら校長先生でも細工は出来ないでしょう。
担任の先生に頼もうにも、担任の先生は私の事情を知らないので頼むにはそれをばらす必要があります。
これはこの宿泊研修、行かない方が良いでしょうか。




