第六十七話 逃避したい
撮影から2週間程経ち、学校にも慣れてきました。校長先生と教頭先生は、他の先生総出で説教が為されたようで大人しくなりました。
噂では、これ以上授業を妨害したら夏コミの出店者証を没収すると脅されたとか。
夏コミというのは、夏休みに行われる日本最大・・・いえ、恐らく世界最大規模の同人誌即売会コミカルマーケットのことで、校長先生と教頭先生は毎年本を売る側として参加しているそうです。
校長先生と教頭先生の脅威が収まると、厄介な事に気付いてしまいました。クラスメート達が、結構声優に詳しいのです。
アニメ好きそうな生徒はまだしも、ほぼ全員のクラスメートが友子の話についていけるのです。
「声優は人気の職業よ?当たり前じゃない。だから声優に興味を持つのは普通の事よ」
放課後の教室でそうケラケラと笑いながら言う友子に一瞬殺意が芽生えたのは不可抗力であり、ハートブレイクショットで動きを止めてからデンプシーロールでダメージを重ね、カエル飛びで顎を打ち抜き意識を刈り取った私には過失はないと断言できます。
脈をとり、命に別状はない事を確認すると足早に教室を出ました。彼女が意識を取り戻す前に下校したかったのです。
この間撮影した声優雑誌の発売日が今日なので、それを知られる前に離脱するのが目的です。
友子の事だから、帰りに本屋へ寄る確率は高いでしょう。そこで私の記事が載った雑誌を見たらどうなるか。
先送りに過ぎず根本的な解決になっていないという事は、重々承知しています。明日か明後日にはその件でいじられるでしょう。
それでもやってしまうのが人の性というものです。昔の偉い人も歌いました。分かっちゃいるけど止められないと。
友子を倒し帰宅した私ですが、重大な要素を忘れていました。彼女はリビングで私を待ち構えていました。
「お姉ちゃんお帰りなさい。この雑誌一緒に見よう」
「ただいま、由紀。今日は早いわね」
普段はテニスの練習で遅くなる由紀が、私よりも早く帰宅していました。しかも、その手には今日発売の例の雑誌を持っています。
「今年の新入部生が揃ったから、試合して実力を見たのよ。私は先輩と試合したのだけど・・・」
「ラブゲームで早々に終わったわけね」
由紀は中学生でありながら年齢制限のない大会に出て中々の成績を残しているプレイヤーです。下位のプロとなら互角に試合出来る彼女が中学生と試合をすれば、相手に点を取らせないラブゲームとなるのは必然でしょう。
テニスは長引くと一試合で一時間を越えますが、短い時は呆気なく終わってしまうのです。
その年でそれだけの実力を付けた由紀は称賛されるべきだし凄いと思いますが、今は相手を瞬殺するその能力が恨めしくなります。
「遊、おかえり。ちょっと話があるから、着替えたら書斎に来なさい」
私のピンチを救ったのは、ひょっこりと顔を出したお父さんでした。私は感謝の目配せをして一旦自室に向かいました。
鞄を置いて部屋着に着替え、書斎に入ります。中ではサリーを纏ったお母さんと、燕尾服にシルクハットを被ったお父さんが待っていました。
「お父さん、お母さん、お待たせ。話があると聞いたけど」
二人の衣装には言及せず、いきなり本題に入りました。触れられたくなかったのか、お父さんはほっとしています。
「由紀のことだが、遊は声優を続けるのだろう?」
「ええ、取り敢えず辞めるつもりはないわ」
受けている仕事を途中で投げ出すつもりはありません。なので、声優を辞めるという選択肢はありません。
「ならば、これからも取材を受けて雑誌やテレビに出るだろう。その度に恥ずかしがっていたら、声優なんてやってられないぞ」
話し声が聞こえてリビングを覗いたお父さんは、私の記事が載った雑誌を見るのを嫌がる私に釘を刺すべきだと判断したそうです。
「普通の記事ならば、まだいいのよ。その雑誌の写真はコスプレしているから見たくないの。お父さんはその姿を写真で撮られて全国津々浦々に公開されても平気なの?」
言葉に詰まるお父さん。私の気持ちを理解してくれたようで何よりです。
「お父さんは兎も角、遊はこれからそういう機会も増えるでしょう。免疫をつける為に訓練した方がいいかしら」
「そ、そう焦る事もないだろう。遊も由紀と雑誌を見るくらい平気だよな」
コスプレに慣れる為の訓練など、御免被ります。それが実施されるとなればお父さんも巻き込まれると思ってか、救いの手を差し伸べてくれました。
私は高速で頷いてお父さんに同意します。お母さんに特殊な衣装の着せ替え人形にされるよりは、由紀の声優談義に付き合う方がまだダメージが少ないからです。
その結果、夕食の時間まで由紀と雑誌を見る羽目になり、夕食後は最新のアニメ詳報を寝る寸前まで聞かされる事となりました。




