第六十五話 脅迫?
スタッフさんに手を引かれて、撮影する現場に入りました。入り口で桶川さんと蓮田さんが待ち受けています。
「似合ってるわぁ!」
「写メ撮りたい!」
感慨深げに言う桶川さんと、すでに携帯を構え写しまくりの蓮田さん。友子の姿がダブって見えたような気がします。
「似合いすぎてるくらい似合ってるわ、ドレス姿。悪なりが実写化したら、そのまま演れるわね」
「コスプレなんて恥ずかしすぎるわ」
右腕に封印された何かが暴れたり、左目に備わった力が暴走するような人達にはご褒美なのでしょうけど、生憎私にはそんな特性はありません。普通に恥ずかしいのです。
照れながらスタジオに入ると、品の良い調度品に囲まれたリビングが作られていました。それは撮影用の背景のレベルを越え、芝居用のセットと言っても通用する出来でした。
「ユウリさん、今日は宜しくお願いします。このセット、中々の出来でしょう?スタッフが張り切りすぎてねぇ・・・」
カメラマンさんの後ろで、男性スタッフさん達が満足げな顔で並んでいます。
恐らく彼等がこのセットを組んだのでしょう。
どう答えればよいかわからないので、曖昧に笑顔を返して誤魔化しました。
「いいね、本から目を離して視線を上げてみようか」
指示された通り膝の上に広げた本から顔を上げて、中空に視線を固定します。
撮影が順調に進むのは良いですが、隣で蓮田さんと桶川さんか携帯で写しまくっています。それは問題ないのでしょうか。
「小休止入ります」
崩れてきたお化粧を直す必要もあるので、休憩となりました。照明が私に集中するので、熱を帯びて汗をかくのです。
スタッフさんも休憩が必要です。特に照明を反射させるレフ板の担当者の人は、軽くないレフ板を頭の上に掲げて動かないよう固定させなければなりません。
「おい、次は俺がレフ板持つからな。お前の腕は限界だろう?」
今までレフ板を持っていたスタッフさんに、別のスタッフさんが交代を申し出ました。重労働なのでやりたがらない人が多いのですが、この現場は助け合って仕事をしているようです。
「ふっ、この腕が砕けようとも持ち続けてみせる。ユウリちゃんを間近で見守れるチャンス、みすみす渡すと思うたか!」
「貴様、一人占めする気か!」
「ふはははは、お前など闇様のように遠ざけられるが良い!」
闇様というのは、闇の精霊だと思われます。悪なりでは主人公が闇属性に染まるのを防ぐために、成長するまで闇の精霊の加護を拒否するのです。
この事から、レフ板の彼がオタクだと推察出来ます。彼ら相手の職についている私ですが、あの執念には引いてしまいます。
「ユウリちゃん、本当に似合っているわ」
「やってる本人は恥ずかしいですよ。代わってもらいたいくらいです」
「代わる事は出来ないけど、私も一緒に入る?」
蓮田さんが無理難題を言い出しました。まず、依頼者である雑誌サイドが了解しないでしょう。ギャラの問題もあるので、現場だけで決められませんし。
次に、蓮田さんの事務所の了解を取らねばなりません。お金だけではなく、色々な要素が絡むので金額の折り合いつけばオッケーという訳にもいきません。
「うちは大歓迎だよ。枚数増えるし、増刊号出すという手もあるな・・・」
「ウサミミと忍者装束ありました!」
雑誌サイドのオッケーが出た上に、蓮田さん用の衣装まで準備されました。何故にそんな物があるのでしょう?
「あ、社長?蓮田です。これからユウリちゃんと悪なりのコスして雑誌の撮影しますんで。・・・もちろんOKですよね?この間ご家族でと土産に渡されたイタリアントマトのホールケーキ、社長帰るときお持ちでなかったですよね?奥様に報告しても・・・オッケーですね、ありがとうございます」
携帯の通話を切った蓮田さんは、イイ笑顔で微笑むと私にサムズアップしました。
「社長の許可出たから、一緒に撮影出来るわ」
私には許可が出たと言うよりも、許可を脅して出させたように聞こえたのですが。まあ、別の事務所の問題ですし、私が口を出す事ではありません。
しかし、蓮田さんの事務所の社長さん。ホールケーキを一人で食べるなんて血糖値は大丈夫なのでしょうか。ついでに神経性胃炎になっていないかも心配です。
「あそこのホールケーキ、結構大きいのよね」
「ユウリちゃん、そのお店知っているの?」
ボソッと呟いた言葉を拾った桶川さんに質問されました。隠す理由はないので素直に答えます。
「妹に付き合わされて行った事があります。経営している会社が、有名なゲーム会社だとかで」
由紀は飲食店も漫画やアニメ、ゲームを基準に選ぶ筋金入りです。
「ユウリちゃん、お待たせ!」
忍者装束に身をくるみ、ウサミミを装備した蓮田さんが戻って来ました。撮影の後半が始まります。




