第六十一話 常識?非常識?
期待した目で見る友子を無視して、私は無難で面白味のない自己紹介をやりました。
一時間目は自己紹介で終わり、午前中の授業は滞りなく進みます。休み時間毎に友子はクラスメートに囲まれ、席を立つ事も出来ませんでした。その中に宇宙人も未来人も超能力者も声優も居ないようでしたが。
一応進学校なだけあって、授業はまともでした。もしかすると、校長先生と教頭先生、担任の先生以外はまともなのかもしれません。
「校長先生がアレなのに、まともすぎる・・・」
とボヤいている誰かさんは無視します。それが当たり前なのであって、あの三人が異常なのです。
「遊、行くわよ」
昼休みになり、お弁当を食べようとした私の肩を友子が掴みました。
「え、行くって何処へ?」
私にはお母さん謹製のお弁当を食べるという用事があります。それに勝る用事など、今の私にはない筈です。
「もちろん校長室に決まってるでしょ。校長先生に呼ばれてるのを忘れてた?」
よく覚えています。昨夜のクイズ番組を録画してる事も。なので行くつもりはありません。
「呼ばれてるのは友子でしょ。呼ばれていない私まで行くわけにはいかないわ」
「私と遊はセットでしょ。バラ売りは出来ませんってちゃんと書いてあるわよ?」
私はいつの間に友子とセットのおまけになったのでしょうか。こうなった友子には説得など不可能で、何を言っても馬耳東風と流されます。
「私は一人で静かに昼を食べたいの。校長室には行かないから友子一人で行って頂戴」
私はお弁当の包みを持つと、友子の手を振り切って廊下へとダッシュしました。自分で言うのもなんですが、足にはかなり自信があります。あまり運動しない友子には追い付けないでしょう。
・・・と思って気を緩めた瞬間。背後から聞きなれた声が耳に届きました。そんな筈はないと思いつつ振り返ると、笑みを浮かべた友子の顔が間近にありました。
「捕まえた。さ、校長室に行くわよ」
「友子・・・どうやって追い付いたのよ?」
やりたい事探しの一環で短距離・中距離・長距離と鍛練した私は、瞬発力・持久力共に人並み以上との自負があります。インドア派の友子には、追い付く事は出来ない筈なのです。
「あら?知らなかった?ある程度までいったオタクは身体能力を数倍にしたり、時を止めたり、空間を裂いて移動出来るのよ?」
友子の言葉が真実だとすれば、オタクという人種は人類を超越した存在だということになります。私がいくら速く走ろうとも、時を止められたり空間を裂いて移動されたら逃げられる可能性はゼロとなります。
到底信じられる内容ではありません。しかし、思い当たる節はあります。友子の鞄、どう考えても中は四次元です。それを彼女のオタクの能力で作ったとしたら・・・
考えに没頭する私の襟首を引きずって校長室に歩く友子。逃げる事は可能でしたが、また空間を裂いて追いかけられたら捕まるのがオチです。
逃げては捕まりを繰り返しお弁当を食べる時間をなくすよりは、校長室でお弁当を食べる方がマシだと判断しされるがままにしました。
「お邪魔します!」
「お、ようやく来ましたか。今場所を開けますね」
ノックもせずに校長室に入る友子に、それを咎めもせずに歓迎する校長先生。応接セットのテーブルの上には、書きかけの漫画の原稿が散乱していました。
「また原稿書いてたんですか」
この校長先生、仕事はやっているのでしょうか。ここに来たのはまだ二度目ですが、何度ここに来ても同じような光景が見られるだろうと確信してしまいました。
「学校で書かずに、どこで書くのですか?」
「そうよ。私だって授業中に書いてたわよ?」
何を言ってんだと言うような表情の校長先生と友子。この場合、非常識なのは私の方なのでしょうか。もしかして、オタクの間では学校で原稿を書くのは常識なのかもしれません。
「校長先生、小説の方の校正終わりました」
「ああ、良いところに。教頭先生も一緒に昨日の脳力試験見ましょうか」
紙束を持って教頭先生の登場です。いそいそとビデオをセットする校長先生の手には、見たことのないビデオテープと思われる物体がありました。
「今時ビデオ?しかも、そのテープ見たこと無いわ!」
「遊、知らないの?あんた変な所で常識が無いわよね」
「VHSよりベータの方が画像が良いからなぁ」
どうやら、校長先生が持つテープはベータというタイプのビデオデッキで使うテープだそうです。私が知るビデオテープよりも、一回り程小さいようでした。
「そんなの知らないわよ。大体、ビデオ自体実物触った事無いもの」
うちにはDVDかHDレコーダーしかありません。昔はビデオデッキを使っていたらしいのですが、私が物心がつく頃には買い換えたそうです。
「・・・今の若い者は!」
「本当に物を知らないですねぇ」
「遊、恥ずかしいわよ?」
友子、あなたは同い年のはずなのに、何で知ってるのよ!




