第六十話 波乱の自己紹介
翌朝、駅前で友子と合流して登校します。話題はもちろん、校長先生の所業です。
「行動は突飛だけど、楽しそうな校長先生じゃない。私は良いと思うわ」
「友子には楽しいかもしれないけど、私には悪夢よ。校長の異常さは昨日でよく判ったでしょ?」
入学式の司会に声優を呼ぶことといい、クラスへの乱入といい。とてもまともな校長とは思えません。と言うより、大人としてまともとは思えません。
到着した列車に乗ります。今日もやはり混んでいて、対面する友子と体が触れあう程です。
「楽しくて良いじゃない。これからどんな事をやってくれるか!人生平坦じゃつまらないわよ」
友子の言葉に、周囲で電車に揺られている夏風高校の生徒が首肯しました。先輩だと思うのですが、校長先生が色々とやらかしてきたのを見てきたのでしょう。
「あの校長、絶対私に絡んでくるわ。目立ちたくないのに、いい迷惑よ」
最寄り駅に着いたので、改札を抜けて学校へ歩きます。道は私達同様夏風高校へ向かう学生で埋め尽くされていました。
「私にとっては間近で楽しめるから大歓迎だけど。教頭先生も変わってるんでしょ?」
「あの校長と学校で同人誌作ってるような人よ?推して知るべきよね」
あの二人、仕事しているのでしょうか。担任の先生の発言からすると、いつも同人誌作ってると推測出来ます。教育委員会やPTAは文句言わないのかしら?
「教育委員会とか、よく黙ってるわよね」
「教育委員会の人もオタクだったりして」
友子の推測は否定出来ません。昼日中に学校で同人誌を作るなど、教育委員会に知られれば懲罰ものです。それに、生徒が知っているのですからPTAが黙っていない筈です。
あの二人が黙認されているのは、委員会にオタクがいるからだとすれば納得できます。
「ありそうで怖いわ。この国の教育機関は終わってるわね」
「あら、これからオタク産業は重要よ?経済効果は計り知れないし」
それは紛れもない事実なので、否定はしません。私自身が声優という職業に就いてますしね。
「それは同意するけど、限度って物があるわ」
いくら何でも、県立高校の校長先生が就労時間中に同人誌作るのは容認されないでしょう。
教室には既に殆どの生徒が来ていて、仲の良い者でグループを作って談笑していました。私達はとりあえず席につきます。
「あなた、ユウリちゃんの話をしてたわよね」
「まさか入学式にユウリちゃんを呼ぶとは、この学校入って本当に良かったよなぁ」
席についた途端、友子はアニメ好きと思われる生徒に囲まれました。
私は虎口に自ら飛び込むような真似はせず、自分の席からそれを眺めます。
「あなた、あの子と一緒に来てたわよね」
「入学式の時、彼女いたっけ?」
数人の生徒が、私を見て首を傾げました。入学式には出席していましたし、声も聞いてた筈ですよ。
声を変えているので気付かないと思うし、気付かれては困りますけどね。
私に興味を持たれるのは、歓迎できない事態です。どうしようかと思っていると、先生が入ってきたので友子のところに集っていた生徒は席に戻り有耶無耶に出来ました。
「席につけ、昨日やれなかった自己紹介してもらうぞ。先ずは俺から。俺は東松山幸夫、25歳の独身だ。未婚のお姉さんがいるやつ、特に宜しくな!」
・・・私、何でこの学校選んだのでしょう?
もう何度目になるか分からない後悔をしている間も、先生は何かを喋っています。しかし、それを聞きたいという気持ちには到底なりません。
「では、廊下の先頭から自己紹介をしてもらおう」
廊下側の先頭に座っていた生徒が立ち上がり、自己紹介を始めます。変わり映えのしない自己紹介が続くのを、何も考えずに聞いていました。
そして友子の番になりました。立ち上がった友子を、教室中が注目しています。そんな注目の中、友子は爆弾を放り込んてくれました。
「普通の人には興味ありません。この中に漫画オタク・アニメオタク・ラノベオタク・声優が居たら私の所にきなさいっ!」
・・・友子、空気読もうよ。
教室の空気が一気に凍りつき、静寂が教室を支配しました。それを打ち破る使者は、意外な場所から現れたのです。
「見事な自己紹介、お主、出来るな?」
教卓の中から現れたのは、校長先生でした。昨日に続く校長先生の乱入に、生徒は全員言葉も出ません。
「校長、何やってんですか!」
「いや、逸材が居ないかと偵察にな。岡部友子君、流石は北本君の親友だな!」
教壇から降り、友子の前まで来るとガッチリと握手する両者。
会ってはいけない二人が会ってしまいました。
「校長先生は遊のことご存知ですよね?」
「もちろん!あ、敬語はいらん!」
旧知の仲のように話す二人。クラスの皆は呆然とそれを見ています。
「校長先生、今は自己紹介の途中なんですけど」
私が注意すると、ようやく話を中断した二人。担任の先生は、頭を抱えてうずくまっています。あんな自己紹介しなければ同情したのですが。
「岡部さん、続きは昼に校長室で。昨日の脳力試験の話でもしながら。録画してあるし」
「わかりました。昼休みに!」
チラリと私を見る友子と校長先生。昨日の放送分に私も出ていたのを忘れてました。
「あ、アクシデントはあったが、続きを頼む」
東松山先生は、あの事をなかった事にするようです。その後は定番の自己紹介が続き、何事もなく終了しました。
まだ高校生活二日目だというのに、不安材料しかありません。誰か、私に心の平穏を下さい。




