第五十九話 まだ無理そうです
校長先生や担任の先生への不安を話しながら帰りました。帰りの電車は行きとは比べ物にならない程に空いていて、余裕で座れる程です。
列車の本数が少ないので少し待ちましたが、何事もなく家の最寄り駅に到着。友子と別れ家に帰りました。
「ただいま」
「遊、お帰りなさい」
「遊、いきなり司会してたから驚いたぞ」
リビングに入ると、テレビを見ていた両親が振り返りました。お父さんとお母さんは入学式に来ていたようです。一応保護者席を見渡しても見つからなかったので来ていないと思ったのですが、どこに居たのでしょう。
「登校中に桶川さんから呼び出されたわよ。あの校長先生、とんでもない事を考えるわ。それより、放送ブースから見渡したけどお父さんとお母さん居なかったわよね?」
「私達が本気になったら、各国の情報部も見失うわよ。まだまだ遊には見付けられないわ」
お父さん、普通の小説家よね。そしてお母さんは専属のイラストレーター。なのに、何故そこで情報部なんて不穏な人達の話題が出るのでしょう。
「遊、お父さんとお母さんが入学式に行ったのは由紀には内緒だぞ。ビデオを撮ったが、由紀には見せられないからな」
「・・・そうね。ありがとう、お父さん」
お父さんにお礼を言うと、着替える為に自分の部屋へと向かいました。
失念していましたが、入学式でユウリが司会をやったと知り、両親が入学式に行ったとなれば撮影したビデオを見たがるでしょう。しかし、入学式の風景に私は写っていません。放送ブースに居たため新入生の中には居ないのです。
通常、入学式を撮影する親は自分の子を中心に写します。私の両親も例外ではありません。それなのに私の姿が全く写っていなければ不審に思うでしょう。
それを誤魔化す合理的な理由が無い以上、由紀にビデオを見せられません。入学式に行っておいてビデオを写さないというのも不自然なので、両親は行かなかったと言うしかないのです。
着替えながらそんな事を考えた私は、改めて両親の機転に感謝しました。
「・・・ちゃん、お姉ちゃん!」
体を揺らされて目が覚めました。瞼を開けば、見慣れた天井が視界に広がりました。決して知らない天井ではありません。どうやら、ベッドに寝転んだ私はそのまま眠ってしまったようです。
「あ、起きた?ご飯だよ」
「起こしに来てくれたのね。ありがとう」
眠った時に眼鏡を外していなかったのは幸いでした。素顔を晒せば気付かれる可能性が高くなります。
「お父さんとお母さんが待ってるよ?早くいこう!」
伸びをして起き上がると、由紀に手を引かれました。部屋を出て階段に差し掛かった時、由紀が徐に振り向きます。
「お姉ちゃん、寝るときも眼鏡かけてるの?それ伊達よね、邪魔じゃない?」
「慣れると、無い方が落ち着かないのよ。それよりも、前を向かないと危ないわよ」
眼鏡を外さない理由は由紀には言えないので、話題を変えて誤魔化します。由紀もかなり良い運動神経をしているので、階段を踏み外すという事は無いと思いますが危ない事は変わりません。
フラグを回収して階段から落ちるという事もなく、両親が待つリビングに入ります。リビングでは今日のメインとなる食材が吊るされていて、テーブルには卓上コンロが鍋を温め良い匂いを振り撒いていました。
私と由紀が着席すると、お母さんが柄杓を使い鉤爪で吊るされた鮟鱇の口から水を注いでいきます。
「お母さん、鮟鱇の吊るし切りなんて何処で覚えてきたのよ?」
「お母さんは、昔から世界各国をまわっていたからなぁ。どんなスキルがあっても驚かないよ」
思わず突っ込みをしてしまうと、遠い目をしたお父さんが答えてくれました。お父さん、お母さんに連れられてどんな国をまわったのでしょう。
「そう言えばお姉ちゃん、入学式にユウリちゃんが司会やったって本当?」
「ええ。式が始まるまで知らなくて、友子も驚いていたわ」
熱々の鮟鱇の身を飲み込んでから答えます。実際は私だけ式が始まる前に知っていたのですが、その嘘がバレる事はないでしょう。
「友子お姉ちゃんが知らなかったのなら、情報の隠蔽は完璧だったのね。事前に知っていたら絶対にいったのに」
確かに、情報の隠蔽は完璧でした。何せ、司会をやる本人がそれを知ってから入学式の開始まで一時間もなかったのですから。
「お姉ちゃん、ユウリちゃんの声はどうだった?生で姿を見られたの?」
「新入生の席から放送していた席は見えなかったわ。姿は全く見られなかったわね」
私だったら出口を張るのに、と呟く由紀を見て両親が行かなかった事にしたのは正解だったと再認識しました。両親の表情を見るに、同じ感想を抱いたようです。
由紀には悪いけれど、まだ暫くは私の仕事の事は言えそうにありません。




