第五十八話 増える不安
「校長先生が同人誌って、どういう事?」
「ここの校長先生と教頭先生、校長室で同人誌書いてるのよ」
近くの生徒がぼやいた疑問に答えながらも、教壇で繰り広げられる漫才を見ます。
「平教師の負担を減らすべく、自ら現場に出る。これって部下を思いやる管理職の鑑だよね」
「校長先生、頭の調子が悪いようですから、ちょっと叩いてみましょうか」
徐に教卓の影からこん棒を取り出す担任の先生。何故にこん棒などを常備しているのでしょう。暴漢対策でしょうか。
「それで殴られたら、記憶飛ぶから!せめて竹槍で!」
「竹槍だと攻撃力低いでしょうが!なんなら鉄の斧にします?」
斧だと銃刀法違反になるような気がするのですが、そこは問題にならないのでしょうか。
「やっぱり王道はこん棒から鉄の斧だよな」
「えっ、俺は銅の剣買ったけど?」
男子生徒が不穏な会話をしています。この国は、いつから銅の剣やら鉄の斧やらを所持する事が一般的になったのでしょうか。
「とにかく、邪魔ですから校長室に引っ込んでて下さい!」
叫びながら扉を指差す担任の先生。しかし、校長先生は出ていく気配がありません。
「校長なのに扱い酷くない?某掲示板にスレ立てて対策集めるよ?効果は電車の男で実証済みだよ!」
「そんなクソスレ、だれも書き込まんわ!」
と担任の先生が叫んだ所でチャイムが鳴りました。それを聞いた担任の先生は、がっくりと肩を落として落胆しました。
「ああ・・・HRが出来なかった」
「まあまあ、犬に噛まれたと思って・・・」
「誰のせいだと思ってるんじゃー!」
思い切り怒鳴り、ハアハアと息をきらせる担任の先生。それだけ見たら、お巡りさんを呼ばれそうな危ない中年男性です。
「自己紹介は明日にして、今日は終わり!お疲れ様!」
担任を無視して仕切る校長先生。担任の先生は、限界が来たのか泣き崩れました。
生徒達はそれを無視して、ワイワイと喋りながら帰る準備をしだします。私も鞄を持って友子と合流しました。
「担任の先生は完全に無視されてるわね」
「あの校長先生の部下ってだけで充分不幸だわ」
校長先生もすでに戻り、生徒も殆どが帰った教室。私達は、両の手足を床について泣く担任の先生に近付き声をかけました。
「大丈夫ですか?」
「先生、試合が終わったボクサーじゃないんですから、燃え尽きないで下さい!」
試合ならぬ新学期はこれからです。先生が燃え尽きたら、代わりは校長先生でしょうか。それは嫌すぎる展開です。
「先生、元気出して下さい!」
「ありがとぉぉぉ!」
顔を上げた担任の先生は、いきなり起き上がり両手を広げて抱きついてきました。不憫には思いますが、狼藉を許容するつもりは更々ありません。迎撃させていただきます。
「ローキック、外門肘頂、チッキ!」
足にローキックを放ち体勢を崩し、肘うちを胸部に叩きつけ、頭へのかかと落としで止めを刺しました。お母さん直伝のコンボ攻撃は、安定の強さを発揮してくれます。
「遊、今のは何なのよ・・・」
「え?空手のキックに中国拳法の肘うち、ネリチャギという武術の足技よ」
別に珍しい技は使ってはいません。浸透勁とかも使えるのですが、少々危ないので滅多に使う事はありません。
「あんた、いくつの武術を修めてるのよ!」
「さあ・・・数えてないから分からないわ。それより帰りましょう。お母さん達が待っているかもしれないわ」
特に待ち合わせの約束はしていませんが、待ってくれている可能性はあります。スタスタと歩き出した私を見て、友子は慌てて追いかけてきました。
教室ではまだ残っていた男女数人が呆然としていましたが、無視して教室を出ます。
校舎から出て周囲を見渡しましたが、私の両親も友子の両親も姿が見えません。先に帰ったと判断し、友子と駅へと歩き出しました。
「遊、担任の先生放置してきたけどいいのかしら?」
「いきなりか弱い女の子に抱きつくような変態、放置するのが当然だと思うわ。いえ、警察に通報するべきだったかしら」
私の中では、担任はすでに変態で確定しています。中学を卒業したばかりの女子高生に抱きつく教師なんて、お巡りさんにお任せするべきです。
校長先生と教頭先生は校長室で同人誌を書くオタクで、担任の先生は教え子の女子高生に抱きつく変態。この学校、本当に大丈夫でしょうか?
「遊がか弱い?あれだけの技を使えて?」
「私だって高一になったばかりの女の子よ?ちょっと武術を習って使えるだけよ」
ジト目で見る友子に、にっこりと微笑んで答えます。嘘はついていませんよ。
「ちょっとって、習った武術は皆黒帯なんでしょ?」
「ある程度習得してから辞めたけど、黒帯は取ってないわ。他に習ったのは、柔術・サンボ・グレーシー・ムエタイ・琉球武術・カポエイラ・中国拳法・パンクラチオン・半額弁当争奪ね」
熱中出来る物を探すために、一時期無節操に手を出した成果です。多数習いましたが、体捌きなど他の武術の技を応用出来たので結構早くに習得出来ました。
「史上最強の弟子を越えてるわね。本当に人間なの?」
「当たり前でしょう?これも両親の教育の賜物よ」
それだけ習得しても、お母さんには手も足も出ません。いつの日か、お母さんを超えられる日は来るのでしょうか。




