第五十七話 不安的中
「ユウリさん、司会をお願いしますね。あとサインも」
いつの間にか入ってきた教頭先生。不測の事態に備えてここに詰めていてくれるそうです。この仕事を依頼した事には少し文句を言いたいところですが、この気遣いには純粋に感謝です。
「司会の件は了解です。でも、サインはお断りします」
この世の終わりが来たかのような教頭先生を無視して、マイクのスイッチを入れます。一瞬流れたノイズ音に、ざわついていた生徒たちが静かになりました。
「それでは、入学式を始めます」
式の開始を告げられ、ほぼ全ての生徒が壇上を見る中、一人の女子はキョロキョロと左右を見渡していて凄く目立ちます。
一言で私の声だと気付いたのは流石親友と称賛しますが、先生に睨まれていますよ。
「校長先生の挨拶」
「皆さん、入学おめでとうございます。私が校長の神保原です。私は世界で一つしか無いものを・・・これは姉妹校でやったネタですね」
ネタを挟みつつも、校長先生の挨拶は適度な長さで終わりました。あちこちで忍び笑いをしている生徒がいるので、評判は良いでしょう。
そして式は進み、問題なくプログラムは進んでいきます。そんな中、生徒の中には私と気付きざわつく者もいました。
大まかには問題なくプログラムは終了しました。友子は式の間ずっと下を向いていましたが、あれは爆笑するのを堪えていたに違いありません。
「これで入学式を終了します。新入生の皆さんは、教室に移動してください」
退場を促すアナウンスで私の仕事は終了です。マイクのスイッチを切って、新入生に紛れ込むために立ち上がりました。
すると、横から教頭先生が手を伸ばし再びマイクのスイッチを入れます。
「なお、本日の司会は声優のユウリさんでした。皆さん、拍手をお願いします」
一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が体育館を満たしました。教頭先生、何故に態態と名前を出したのでしょうか。まあ、言わなくても結構気付いてたようですけど。
裏口から出た私は、生徒の列に紛れ込む為に様子を伺っていました。体育館から出ていく生徒達は、司会者の話で盛り上がっていました。
「やっぱりユウリちゃんだった!」
「聞き覚えある声だと思ったのよ!」
「会えないかなぁ~」
「可愛いよな、ユウリちゃん!」
そんな声を聞きながら、笑いを押し殺している少女が一人。気配を消した私は、その少女の背後に回り込み首に両手を添えました。
「折角の入学式、ずっと下を向いているのはいただけないわね」
「遊、そこは髪の手入れをしているか聞かないと。やり直しを要求するわ!」
そこで何故に髪の話題になるのかわかりませんが、友子の事ですから漫画かアニメのネタに決まっています。こういうのは無視するに限るのです。
「よくわかったわ。今後試験対策も夏休みの宿題も、全て一人でやるという決意表明ね。叔父さんと叔母さんに伝えておくわ」
「それだけは、それだけはご勘弁をっ!」
先の中納言に印籠を見せつけられた悪代官のように平伏する友子。悪目立ちしていますが、聞こえる声が「あれは仕方ない」とか、「宿題を人質にとるとは卑劣な」など友子に同情的なものばかりなのは解せません。
そのままには出来ないので、宥め透かして立たせると教室に向かいます。友子とも同じクラスなので、同じ教室に入りました。黒板に座る席が書いてあります。
私は窓際の一番後ろという特等席で、友子は真ん中辺りと離れました。先程の騒ぎで目立っていたからか、友子の周囲には人垣が出来ています。
話題が漫画やアニメ関連のようなので、近寄りたくもありません。この席順にしてくれた先生に感謝を捧げたくなりました。
「HRを始めます。着席して下さい」
黒板側のドアが開き、見知った男性が入ってきました。先生の入室で、友子の周囲にいた生徒たちが慌てて席に戻ります。
「今日は初日なので、自己紹介をやって終わります。教科書が届いていない人は申請して下さい」
この学校では、合格した生徒には宅配便で教科書を配布していました。入学前に予習出来るようにと、生徒が持ち帰る手間を省くためだそうです。
教卓に立ち、出席簿を開く校長先生。まさか、校長先生が担任なのでしょうか。
通常校長先生がクラス担任になることは無いと思うのですが、この校長先生は入学式に新人とはいえ声優を派遣させる人です。常識を期待する方が間違えています。
「では窓際から自己紹介を・・・」
校長先生が自己紹介を促した、その時でした。再び黒板側の扉が開くと、一人の男性が飛び込んできました。
「校長先生、教師から出席簿を強奪するとは何を考えているんですか!」
怒鳴りながら校長先生に詰め寄る、体格の良い男性。どうやら、この男性が本当の担任のようです。
担任の先生(仮)の叫びにより校長先生の所業を知ったクラスの全員は、唖然呆然として教師二人のやり取りを眺めています。
「いいじゃん、一日くらい。何ならずっとやろうか?」
全く悪びれた所が無い校長先生。泰然としているので常習犯のように思えますが、その割には担任(仮)の対応が不馴れなように感じます。
「あなたは校長らしく、校長室で同人誌でも書いていて下さい!」
・・・それは校長らしいの?仕事は?そう叫ぶのを咄嗟に止めた自分を、誰か誉めて下さい。
姉妹校は、夏ではなく春です。
校歌では京王ビルからニー・ドロップかけたりサンシャインビルにオクトパスホールドかけたりします。




