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第五十五話 入学式の朝

 仕事浸けの忙しい日々も昨日で終わり、今日は一件も仕事が入っていません。なのに、私の気分は朝から沈んだままです。


 その理由は二つ。一つは、今日が入学式だということ。普通ならば新たに始まる学園生活に希望を持ち、友人との交流や部活動を楽しみに夢を持つ日なのでしょう。

 しかし、入学する高校の校長先生と教頭先生が友子や由紀の同類です。不安しか感じません。


 もう一つの理由は、目の前に座るお父さんとお母さん。入学式を見に来ると言ってききません。

 変装して身バレしないようにするとのことですが、別の意味で騒ぎを起こさないか不安です。


「遊、人生で一度の高校の入学式よ。暗い顔をしないの」


「その理由の何割かは、お母さんにあるのよ。念のため聞くけど、その格好では来ないわよね?」


 ジロリと睨むと、コートを着て帽子を被り手錠を持ったお父さんは安堵の表情を見せ、太腿も露にセクシーなドレスを着たお母さんは脂汗を流しました。


「ま、まさかそんな事するわけないわよ。これはさっきまでお仕事をしていたから・・・」


「お父さん、推理ものに手を出していなかったわよね。それに、そっちは著作権がまだ生きてると思うわよ」


 泥棒一味の物語は私が幼い頃にはもうありましたが、著作権が切れる程前の作品ではなかった筈です。


「お母さん着替えてくるわ。お父さんはコートを脱げばそのままでも大丈夫よね」


 お母さんは逃げるようにリビングから出ていきました。残された私とお父さんは、ため息が出るのを禁じ得ません。


「お父さん、ため息つく位なら止めようよ」


「遊、人間には不可能という事があるのだよ。お母さんがあの趣味を持ったのは、お父さんにも原因があるからなぁ」


 お母さんを止められないというのは、私でも難しいのでお父さんには無理かもしれません。諦めた私は、飲みかけのせんぶり茶を一気に飲むと、鞄を持って立ち上がります。


「友子との待ち合わせがあるから先に行くわ」


 すがるような目で見るお父さんを残し、最寄り駅へと歩きます。途中の十字路で待っていた友子と合流し、話ながら歩きました。


「疲れた顔をしてると思ったら、叔母さん朝からやらかしたのね」


 元気がないと心配されたので、朝の顛末を語って聞かせました。そうこうしているうちに駅に到着しました。

 通勤通学時間だけあって、ホームには沢山の人が電車を待っていました。この沿線は東京に近いベッドタウンとなっていて、東京方面への社会人や学生が一斉に利用するのです。


 本数があるので乗れないという程ではありませんが、隣に立つ友子と肩がぶつかる程度には混んでいます。


「三年間この混雑した電車に乗るのは、ちょっと勘弁してほしいわね」


「あら、私達はまだましよ。鈍行だし二駅で降りるのだから。都内に入ったら、もっと凄いらしいわよ」


 聞いた話ですと、止まる駅数の少ない通勤快速は、比べ物にならない程の混雑らしいです。そして、赤羽の駅ではホームの端から端まで人で埋まり、ホームに降りる事すら出来ないとか。


「途中駅員さんの少ない駅では半分しかドアを開けないらしくて。開かないドア付近に流された女子高生が、他のお客さんの協力で窓から降りたなんて伝説も・・・」


「そ、それは流石に作り話よね?」 


 私も聞いた話なので、真偽の程はわかりません。しかし、それほどこの路線は混むということなのでしょう。


 高校のある駅に着き、電車から降ります。私達同様通学の生徒が多く、降りる人が多かったので降りるのは楽でした。

 改札を抜け、高校に向かって歩きます。周囲には同じ制服を着た学生が歩いています。


「友子、文句を言っていた割には元気ね。なんで?」


 ぶつくさと文句を言っていた友子は、しっかりとした足取りで歩いています。周囲の御同輩は慣れない通学電車で体力を消耗したのか、足取りが少し重いように見えます。


「それは、コミケで鍛えられてるからよ。帰りの電車なんか、もっと凄いわよ。それに比べたらあの程度・・・」


 私はコミケとやらに行った事がないので、それがどれだけ凄いのか分かりません。由紀や友子に毎年誘われているのですが、何だかんだと理由をつけて断る事に成功しています。


「それって凄いの?」


「凄まじいわよ。言葉じゃ伝わらないし、百聞は一見に如かずとも言うわ。例の件もあるし、今年は一緒に行きましょう」


 新人でお仕事を一本しかやっていないとはいえ、私も声優の端くれです。日本で・・・いえ、世界でも最大規模の漫画やアニメの祭典は一度見学した方が良いのかもしれません。


「多分無理ね。夏休みなんて、スケジュール埋められてしまうわよ」


「そうね、春休みも仕事してばかりだったのでしょう。由紀ちゃんが寂しがっていたわよ」


 毎日朝から夜まで仕事の連続で、由紀には悪いことをしたかもしれません。しかし罪悪感は感じているのですが、その反面アニメグッズのお店巡りや数時間連続でのアニメ鑑賞を逃れた事に対する安堵も感じています。


「まあ、推しの新人美少女声優さんの露出が増えて、上機嫌だったというのも否めない事実よね。勿論、私も推しだから嬉しいわ」


 意図的に大きくした声で言われたので、周囲の注目を浴びてしまいました。友子、なんて事をしでかしてくれるのよ!

窓から降りる話は、姉が目撃した実話だったりします。ホームに降りられない話は私の体験です。


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