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第五十四話 家の中の攻防

 翌日から、私は一日中仕事浸けになりました。レギュラーの仕事はもちろん取材や脳力試験のゲスト出演、他のバラエティーへの出演などです。

 しかし、声優なのにアフレコの仕事は悪なりの一本だけです。私は声優で、声優業にも手を出しているタレントではなかったはずです。


「アフレコの仕事なんて、新規はそうそう無いわよ」


 とは桶川さんの弁。そうかもしれませんが、これでは声優ではなくてタレントでは?と言いたくなります。普通は仕事自体無いそうなので、贅沢な悩みだと言われればそれまでですが。


 そんな中、一度友子から遊びに行こうとメールがありました。「仕事が多くてちょっと無理」と返信したら、「頑張って」と一言だけ返ってきました。


 家では由紀が怪しい目で私を見ています。と言っても、百合疑惑などありませんからね!

 春休みなのに殆ど家にいないので、何をやっているのか不審に思ってるようです。今日も朝食の時に問い詰められました。


「お姉ちゃん、春休みなのに家にいないよね」


 前置きも無しに、ストレートに聞いてきました。しかし、不審に思われる事は予測済みでしたので事前に用意しておいた答えを返します。


「せっかくの休みだから、やりたいことを探してるのよ」


 やりたい事を探せと散々言われてきたので、それをやっていると言えば文句は出ない筈です。しかし、由紀は誤魔化されませんでした。


「その割にはお姉ちゃん、焦っていないのよね。疲れてるみたいだけど、何をやってるの?」


 テニスという競技は、ただボールを打ち合うだけでは勝てません。相手の様子で攻めかたを変えたり、わざとラリーに持ち込んで体力を削ったりと戦略が勝負の行方を左右します。

 そして、試合中にそれを組み立てなければならないため選手は相手を観察する事が必須となるのです。


 そんな競技で頭角を現している由紀は、当然観察力が優れています。なので私の答えに潜む嘘に気付いたのでしょう。


「焦っても仕方ないしね。高校が始まったら、何か見つかるかも知れないから焦ってないのよ」


 想定外の返しに、気の利いた答えを返す事が出来ません。苦しいですが、何とかこの危機を乗り越えないといけません。


「怪しいわ。あっ、そろそろ行かなくちゃ」


 春休みでも練習が入っている由紀は、慌ただしくリビングから出ていきました。


「助かったわ」


「遊、もう話したら?」


 お母さんはその方が良いのでしょうけれど、話した後どうなるかを考えればそう簡単には話せません。


「まだ、踏ん切りがつかないのよ」


 由紀に言わない理由は、二つに増えています。一つは前にも言った通り。色々とねだられる事です。そうなれば、私は家の中でも気が休まらなくなるでしょう。


 もう一つは、私がユウリだと由紀にバラせば、家でユウリの姿にさせられることです。お母さんの着せ替え人形になるのを、防ぐ理由が一つなくなってしまうのです。


 今ではどちらかというと、この理由の方が大きいかもしれません。しかし、それを当人のお母さんには言えません。お父さんはそれに気づいたのか、同情的な眼差しを私に送ってきます。お父さんもあれは嫌みたい。


 さて、私もあまりゆっくりはしていられません。敏腕社長が張り切った結果、私の辞書から休みという文字が綺麗さっぱり消え去ってしまったからです。


「私も準備して行くわ」


「遊、手伝うわ」


 着替えるためにリビングを出ようとすると、背後からお母さんの手に肩を掴まれました。振り返れば、期待に目を輝かせたお母さんの笑顔が間近にありました。


「あ、お母さんは忙しいでしょ?一人で大丈夫よ」


 手伝ってもらったら、時間が大幅にかかるのは目に見えています。手間か時間を省略するために行うのが手伝いです。逆にそれが増えるのならば、それは手伝いとは言いません。


「気にしないの。行くわよ」


 言葉による牽制はあっさりとレジストされ、そのままずるずると引きずられてリビングを出ました。お父さんは涙を流しながらハンカチを振っていました。助けてくれないんですね。


「お母さん、何で書斎に?」


「この間の服がここにあるからに決まってるでしょ?」


 私の自室ではなく、書斎に連行したお母さん。その優しい微笑みが、私には悪魔の笑みに見えてなりません。


「着替えるだけだから、一着あれば足りるんですけど・・・」


 私はすでに、蛇に睨まれたカエル状態です。しかし、そのまま着せ替え人形となる訳にはいきません。最後まで抵抗してみることにします。


「ダメよ、色々な組み合わせを試してみないと。芸能人なんだから、お洒落に気を使いなさい!」


 抵抗虚しく、お母さんの着せ替え人形になりました。お母さんの弁にも理があるので、引き下がるしかありませんでした。

 結局、家を出たのは一時間後。遅刻ギリギリになってしまいましたが、疲れ果てた私の表情を見た桶川さんはそれを責める事はしませんでした。


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