第五十話 友子の両親
卒業式の翌日。今日はお仕事もないしゆっくりと眠れるのですが、習慣でいつもの時間に起きてしまいました。
身嗜みを整えてリビングに降りると、お父さんが雑誌を読んでいました。
「お父さんおはよう」
「遊、おはよう。遊はまだ嫁にはやらんからな」
出し抜けに戯言をのたまうお父さん。一体何がどうなったら朝の挨拶から嫁に出る話になるのでしょうか。
「お父さんはね、雑誌の写真で見た遊ちゃんが可愛いから焦っているのよ。まだまだ子供だと思っていた遊ちゃんが、綺麗な女の子になっていたから」
キッチンから来たお母さんが、お父さんが読んでいた雑誌を取り上げて私に向かって広げました。片面の半分以上のスペースを私の写真が埋めています。
「お父さん、朝から何を読んでいるのよ」
「いや、可愛い娘の仕事が上手くいっているか気になるじゃないか。娘を見守るのは父親の義務だからな」
筋が通っていそうで通っていない理論を振りかざすお父さん。仕事云々を大きな声で言うのは止めてほしい。
「お父さん、由紀に聞かれたらどうするのよ」
「大丈夫よ。由紀は朝練に出掛けたから。それよりも、昼は一緒に出かけるわよ。お父さんもね」
引きこもり体質の両親が出かけるとは珍しいですね。私も一緒ということは、仕事関連ではないですね。何処に行くのでしょうか。
「昨日の卒業式に行ってあげられなかったでしょう、だからお祝いよ。岡部さんの所も一緒だから、拒否権はないわよ」
朝食を食べ終わった後は、部屋で台本を読んでいました。出かける予定があるので、下手に出掛けてそちらの時間に間に合わないなんていう事態が嫌だからです。
「遊、着替えを持ってきたわよ。今日はこれを着てちょうだい」
ノックも無しに入ってきたお母さんの手には、普通に出かけるには着るのを躊躇う服がありました。
真っ白なブラウスに淡い水色のスカート。同色のカーディガンに白いベレー帽までありました。
「念のために聞くけど、きょひけ・・・」
「当然、無いわよ」
全て言いきる前に切られました。これ、どちらかと言うと遊ではなくユウリむけの服だと思うのですが。
笑顔で私を見続けるお母さんは、異論は認めないと無言で伝えています。これは逆らうだけ無駄でしょう。私は早々に白旗を上げる事にしました。
「これを着ていくけど、お化粧はしないわよ」
「お化粧だけならバレないと思うけど、それは帰ってからにしましょう」
着替えて廊下に出ると、お父さんがカメラを構えて待ち構えていました。
「お父さん、そのカメラをどうするつもり?」
「いや、遊は中々着飾らないから記念にな」
「お父さん、待ち合わせに遅れるから写真は帰ってからにしましょうね」
帰ったら、私はどんな目にあうのでしょうか。まだ出掛けていないのに疲れ果ててしまいました。部屋に引き返して閉じ籠ってはダメでしょうか。
私の為のお祝いなのに私が行かない訳にはいきません。内心はどうあれ、表情に出さぬよう取り繕って友子との待ち合わせ場所に歩きます。
「遊、こっちこっち。今日はおめかししてるわね。ユウリちゃんみたいよ」
「友子、寝言を言うならちゃんと寝ていないとダメよ。私が眠りに誘ってあげるわ」
私を見つけて手を振っていた友子が、洒落にならない発言をかましてくれました。黙らせる為に比較的手加減抜きでアイアンクローを炸裂させた私は悪くない。
「まあまあ、遊が可愛いと誉めてくれたのだからその辺にしなさい」
お父さんの執りなしで、顔を掴んだ手を離しました。友子のこめかみ辺りが少し変形したように感じるのは気のせいでしょう。
「友子が言ってた子って、クイズ番組に出てる子か?」
予約したレストランに歩いていると、おじさんが先程の話題を振ってきました。
「そうよ。四月に始まるアニメがデビューになるの。絶対人気声優になるから、注目してるのよ」
チラチラと私を見ながら話す友子。両親は、堪えきれずに少し吹いています。私は何も言えず、気配を殺して空気と同化していました。
「ユウリちゃんだっけ?いつも上位争いしてるわよね。可愛いし、私も好きだわ」
「うちでもあの番組は見てますよ。なあ、遊も見ているよな」
叔母さんが話に参加してきた所で、お父さんが私に話を振ってきました。それが私だと気づかれぬよう、興味のないよう演じてみせましょう。
「私はあまり声優に興味ないから。そっち系は友子と由紀で充分だわ」
「あら、クイズ番組に出てるんだから、ただの声優じゃないわよね?」
お母さんが敵方として参戦しました。これで孤立無援。勝ち目の薄い戦いとなってしまいました。
「遊、私の両親なら大丈夫よ。おじさん達は遊の事を自慢したいのよ。もちろん、私も親友を自慢したいわ」
友子の両親はそういう趣味もないし、小さい頃からの知り合いで信用出来ます。両親も話すつもりのようですし、今日話しておくのも良いかもしれません。




