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第五話 イン・ザ・ミラー

「よしっ!決まり!じゃあ行くわよ!」


 桶川さんは私の手を引っ張り、別の部屋へと連れていきます。先程の話だと、まだ収録までに時間があるはずです。


「どこに行くんですか?」


「化粧したりしないと。髪もいじりたいしね」


 強引に連れていかれた部屋には、大きな鏡がありました。桶川さんはその前に椅子を置くと、そこに座るよう指示します。


「はい、ここに座って。髪から行くわよ。これ、ほどいて良いわね?」


 桶川さんが三編みを指して言います。髪を解くと不便な事もあるのですが、嫌と言う程ではないので許可します。


「ええ。構いません」


「じゃあいくわよ。あ、これを読んでおいてね」


 渡されたのは、一冊のラノベ。その表紙には見覚えがありました。なにせ、つい先程まで読んでいた本だったのだから当然です。


「今日やるアフレコの原作。あなたの役は『ロザリンド』よ」


 あれ?こういう時って、原作じゃなく台本渡すのが普通だと思うのですが。原作とアニメではセリフ等が変更になっている事が多いのだから、台本を渡すべきです。

 因みにこの知識、アニメやラノベが好きな妹からの知識。私自身はそういった物に興味はありません。


「普通、台本を渡しません?」


「本来やるはずだった子が持ったまま逃げたのよ。今時駆け落ちなんてねぇ。向こうに行けば予備があるから、それを渡すわ」


 主役を貰っておいて、それを放り投げて駆け落ち。無責任にもほどがあります。それで素人の私をスカウトするほど追い詰められていたのね。

 内情を知ると、強引に連れて来られた事を許したくなってしまいます。桶川さん、結構苦労人かもしれません。


「うわぁ、何よこの長さ!」


 三編みをほどきおわった桶川さんが驚きます。膝下まである髪を保持している人なんて、滅多に居ないものね。


「こんな綺麗な長い髪、隠してちゃ勿体ないわよ!」


 そうは言いますけどねぇ。この髪を維持するのには相応の苦労があるのです。髪の短い人にはそれが分からないのです。


「大変なんですよ。椅子から立つときは気を付けないと自分の髪を踏むし、人混みでは服のボタンとかに引っ掛かるし」


「その辺は本人にしか分からない苦労ね。・・・しかし、これは凄い武器になるわよ!」


 武器に?何の事でしょう。私の知っている声優とは、アニメや洋画に声をあてる人。出るのは声だけだから、髪なんて関係ないはずです。


 そんな私の疑問を他所に、桶川さんは慣れた手つきで髪をすいています。いつもタレントや声優の髪を整えているのかしら。社長さんなのに。


「これはいじる必要無いわね。次は化粧よ!」


 私は眼鏡を外して、桶川さんに渡します。他人に眼鏡無しの顔を見せたのは、何年ぶりでしょうか。


「眼鏡の度はどれくらい?」


「あ、無くても問題ありません。ほぼダテですから」


 小学校の頃、私は男子に絡まれる事が多かったのです。それを嫌がって、目立たないようにと眼鏡をかけ、あまり喋らないようにしました。だからほぼダテではなく完全にダテなので、掛けなくても支障はありません。


「そう。それじゃ、無くても大丈夫ね」


 化粧に没頭する桶川さん。やることが無いので暇です。眼鏡は無くても本は読めますが、化粧をしてもらってるのに下を向くわけにはいきません。


 目を閉じて桶川さんのなすがままに身を預けます。暫しの時が経ち、終わったのか桶川さんの手が止まりました。


「・・・あなた、何者?」


 小さく呟く桶川さん。不審に思い目を開けると、化粧道具を持ったまま硬直しています。


「どうしたんですか?」


 訳がわからず、とりあえず聞いてみます。何者かと問われても、何処にでもいる何の趣味も持たない極平凡な女子中学生だとしか答えられません。


「鏡、見て?」


 小さな声で返ってきたのは、たった一言。私の前から横にずれる桶川さん。言われた通りに鏡を見ると・・・


 「どこのモデルさん?」と言いたくなるような美人が、困惑の表情を浮かべています。今、鏡の前に座っているのは私。


 ・・・となると、これが私ってことぉ!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 声優事務所にキャスティング権なんて無いと思うのですが、監督や制作委員会に相談せずに勝手に担当声優を変えるのは無理があるんじゃ……
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