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内緒 第四十五話 突っ込んだら負け

 お母さんと別れ部屋に戻ろうとした時、携帯が鳴り着信画面へと変わりました。表示を見ると、桶川さんからです。


「ラジオはもう聞いたかしら?結構評判良いわよ」


「先程妹と聞きました。妹の反応が良かったので安心した所です」


「アニメに関する問い合わせ、結構きてるみたい。大成功ね」


 告知が少なかった割には宣伝になっていたようです。でも、あの内容なのでアニメの内容がギャグだと誤解されそうなのが不安です。

 もっとも、原作はジャンルを恋愛からギャグに移した時期もあったそうなので誤解とも言い切れないかもしれません。


「それを聞いて安心しました。あの内容でしたから」


「アニメもそうだけど、貴女にもかなりの問い合わせが来てるわよユウリちゃん」


 あの内容で、何故に私に対する問い合わせが来るのでしょうか。私にはアニメの世界を理解することは難しそうです。


「私にですか?」


「そうよ。取材も入ったから、明日は朝イチで事務所に来て頂戴。急なので迎えに行けないから、ちゃんと変装して来るのよ」


 朝からと言われても、学生の私には学校の授業があるのです。少なくとも両親に話をしなくてはいけません。


「明日は平日なんですけど?」


「夕方からは『悪なり』の収録なんだから、仕方ないでしょ?じゃあ、待ってるわね!」


 返事も聞かずに切ってしまいました。お父さんとお母さんは二つ返事で了承してくれると予想されるので、話を通しに行きましょう。


 書斎のドアを叩くと、中からお母さんの声がしました。


「NHKは見てないわよ!」


「受信料は法律で払う事が・・・って、入っていい?」


 返事を聞かずにドアを開けます。そうしないと、ひたすらお母さんのボケに突っ込む事になるからです。


「・・・その格好は?」


 部屋に入った私が見たものは、十二単を着たお母さんと、狩衣を着たお父さんの姿でした。お父さんはしっかりと烏帽子を、お母さんは扇子を装備しています。


「今書いてる小説が平安物なのよ」


「それは見ればわかるけど、何故にその格好を?」


「物語を書くには、登場人物の気持ちになることが大事なの。かの紫式部も執筆の時着物を着ていたのよ」


 確かに着物を着ていたでしょうけど、それが当時の人には普段着だったからであって、物語を書くためではないと思います。


「紫式部はその時代の人だから。それで、本当の理由は?」


「面白そうだから」


 そういう理由で十二単や狩衣を着る両親のセンスは理解できません。まあ、お父さんはお母さんに強制させられている可能性もありますが。

 気を付けないと、私もそのうちコスプレさせられそうです。常に警戒しておいた方が良いかもしれません。


「そんなことより、明日学校休んで良い?取材が入ったの」


「構わないぞ。仕事と学校が重なったら、仕事を選びなさい。学校なんて、就ける仕事の幅を増やすための場所だ」


「そうよ。学校のために仕事を疎かにするのは本末転倒だわ。これからはいちいち許可を取る必要は無いわよ」


 予想した通り、あっさりと許可が降りました。お父さんはああ言いましたが、声優は人気商売でいつ仕事がなくなるか分からない不安定な職業です。なので、学業を疎かにするつもりはありません。


「ありがとう、明日は朝から事務所に行くわ。取材の後はそのまま収録に行ってきます」


「頑張れよ。ああ、遊、ラジオ面白かったぞ」


 お父さんもラジオを聞いてくれたみたいです。嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない感情が沸き上がりました。


「ありがとう。次も頑張るわ」


 素っ気なく返事をして書斎から出ます。しかし、十二単や狩衣なんてうちにあったでしょうか。十六年暮らしていますが、この家は謎で包まれていて解明なんてやる気も起きません。


 やるべき事をやったので、部屋に戻るとすぐに由紀が入ってきました。ラジオの事があるので避けたいのですが、逃げる口実が思い浮かびません。


「お姉ちゃん、最近出掛けてばかりで余り話せなかったから」


「そうね。もうすぐ高校だし、忙しくなるわね」


 当たり障りの無い話題から入りましたが、由紀は腹の探り合いをするつもりはないようですぐに本題に入りました。


「お姉ちゃん、何か私に隠してない?」


 私の表情の変化を見逃すまいとする由紀。しかし、私も伊達に演劇を学んでいません。少し焦る内心は噯にも出さずにポーカーフェイスを維持します。


 暫しの沈黙の後、諦めたような表情で首を振ると隠し事を話す事にしました。


「この間高校に行ったんだけど、校長先生と教頭先生が由紀や友子と同じ人種なのよ」


「それって、オタクって事?」


 私は無言で首肯しました。これは嘘ではないので堂々と言えます。


「そっか。それで元気が無いんだ」


「夏コミに出す新刊がどうの、晴海や幕張がどうの・・・私には理解出来ないわ」


 心底嫌そうな顔をします。掛け値なしの本心なので、これは演技ではありません。説得力は充分過ぎる程にあるでしょう。


「なんか、私とは話が合いそうね。友子お姉ちゃんは喜ぶんじゃない?」


「ええ、喜んでたわよ。私には頭痛の種にしかならないけど。

悩んでも仕方ないかと割りきったけどね」


 正確には割りきったというより、諦めたが正解です。私はそれがもたらすリスクよりもリターンを取ったのですから。


 打ち明けた悩みに納得した由紀は、彼女なりに励ましてくれました。例えそれが私にとって追い撃ちになっていようとも、その気遣う心には癒されました。


 こうして、私は本当に隠したい事を隠しきる事に成功したのでした。



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