第四百十二話 裁判所からの脱出
さて、いつまでも裁判所に籠城している訳にはいきません。好意で控え室を貸してもらっていますが、いつまでも居座るのはまずいです。なので、迎えに来てもらう予定の桶川さんに電話します。
「桶川さん、そちらの混乱は収まりましたか?」
「全然よ!事務所の電話は鳴りっぱなし、メールやFAXもパンク状態だわ!」
桶川プロの事務所は今回のカミングアウトでてんてこ舞いのようです。それが予想出来ていたので桶川さんは一旦事務所に戻ったのですが。
「社内放送で全社員に説明はしたから、これからそっちに向かうわ。準備出来たらワン切りするわね」
裁判所からの脱出も、手順は打ち合わせてあります。私は裁判所内で留まり、その間にデコイとなる車を何台か走らせます。
マスコミがそれを追って分散されてから、本命の桶川さんと合流し脱出する手筈です。スマホに桶川さんからの着信が入ります。予定通り正門から出ると、多くの取材陣が待ち構えていました。
「こちら裁判所前です。ただいま北本遊さんが姿を現しました!」
「北本さん、一言、一言お願いします!」
「越谷ミュージックに対して、何か言いたい事はありませんか!」
我先にとマイクとカメラを向けてくる報道陣に向けて走り出します。マスコミは、まさか私が走って向かってくるとは露程にも思っておらず、少し怯みました。
一番手前のレポーターの少し前で躓いたふりをして前屈みの姿勢をとります。レポーターは私が転ぶものと思い、視線を下げました。後ろのマスコミ陣も同様に注意が下にむきます。その瞬間曲げた膝と足裏に気を込めて、足を伸ばすと共に溜まった気を解放しました。
「えっ?あら?」
「き、消えた!」
転ぶと思い込んでいた私が頭の上を飛び越えたとは想像も出来ず、消えたと錯覚する報道陣の皆さん。私は彼らに目も向けず、通りを走ってきた桶川さんのオープンカーに飛び乗りました。
「あっ、あそこだ!」
「いつの間に!追え、追うんだ!」
気付いた頃には、もう車は小さくなっています。マスコミも追跡用の車両は用意していましたが、デコイで数が削がれていたのと意外な方法で包囲を突破したので初動が遅れたようです。
「これで混雑する地域を脱するまでの時間は稼げそうね」
「遊ちゃん、サラッと言ってるけど、さっきの跳躍は人外レベルよ?」
難しいとは思いますが、人外は言い過ぎだと思います。お母さんは私以上ですし、由紀も少し練習すればこれくらいは軽く行えるでしょうから。




