第四百九話 負けない理由
「解任の理由なのだけど、国選弁護士の岩槻氏は越谷ミュージックから多額のお金を受け取っていたの。原告と繋がっている弁護士を雇っていれば不利になるでしょう?」
友子の筋が通った説明に生徒たちは納得した。そして、そんな不義理な事をする弁護士も居るのかと憤りを感じるのだった。
「岡部さん、北本さんからそれを聞いていたの?」
「はい。岩槻氏が越谷ミュージックと繋がっている事は初顔合わせの時には分かっていましたから」
教師の問いかけに即座に答える友子。それを聞き新たな疑問を感じた教師はそれを口にした。
「それなら、何ですぐに解任して代わりの弁護士を頼まなかったの?弁護士を抜きなんて不利になるのに!」
教師の指摘に、生徒達は再び友子に注目する。しかしそれに対する答えも持っていた友子は間髪入れずに答えを返す。
「新たな弁護士を雇っても、また越谷ミュージックの手が伸びます。鼬ごっこになるだけですから」
「解雇して次を雇わなければ、動きが漏れて何かしら手を打たれるわね」
「はい、岩槻氏を解任しなければ向こうは気付いていないと思い慢心してくれますから」
裁判が始まる前から闘いは始まっている。社会の厳しさに触れて生徒達の顔つきが変わった。
「遊はこの裁判で大事な物を失うんです。越谷ミュージックも岩槻氏も許しはしませんよ」
「友子、遊の大事な物って何?あなたは何をどこまで知っているの?」
里美が真剣な顔で問い詰める。しかし友子は明かさない。しかし、その憂う表情に失うという物は大きいのだろうという見当を付ける事は出来た。
「それはすぐにわかるわ。この裁判が終わったらね」
その後暫くは法廷から出てくる人はおらず、スタジオでの有識者達のコメントが続く。友子以外の一同はやきもきしながら動きが出る事を待ち続けた。
「今、法廷で動きがありました!現場に切り替えます!」
教育評論家と自称するオバサンのコメントを途切れさせ、画面が裁判所に替わる。画面に映るレポーターが齎した知らせは、友子以外の誰もが想像も出来ない事実であった。
「ただいま、被告の北本遊さんがとんでもない事実を発表しました。桶川プロに所属する声優のユウリさんの本名は、北本遊!北本遊さんが声優のユウリさんです!」
興奮し、叫ぶレポーター。これが事実なら、今回の裁判の根底が崩壊する。予想外過ぎる展開に、日本中でこの騒ぎを見守っていた人々は数瞬意識を飛ばされた。
「「「「・・・ええーーーーーーっ!」」」」
それを聞いた生徒や先生も茫然自失。驚かないのはただ一人。口元に薄い笑みを浮かべた友子だけであった。次第に思考を取り戻していった生徒達はその意味を理解する。
「ちょっ、北本さんがユウリさん?」
「それ、本当?」
ざわめく教室内。憧れの声優が、実は身近にいたという事実を受け入れられないでいるのだろう。テレビで大々的に伝えられた内容であるにも拘わらず半信半疑になっていた。
「だから言ったでしょう、絶対に負けないと」
騒がしい筈の教室内に響いた友子の声は、何故か少し悲しげであった。




