第四百六話 この上ない証拠
「業界最大手の芸能事務所から新作映画の主演まで付けられて、新人声優が断ると考える方がおかしくないかね?」
「あら、私だったら常識のないトップがいる会社で働こうとは思いませんよ?」
多少待遇が良いとしても、横暴な社長の下で働こうとは思いません。しかも、待遇が良いどころか搾取する気満々だったのですから尚更です。
「それはあなたの考えであって、ユウリさんの考えではないでしょう?あなたがそういうあなたの主観的な考えを吹き込んだからユウリさんは移籍を断ったのでは?」
「それもあなたの憶測です。断った理由をユウリさんに聞いてないですよね?」
マスコミには散々聞かれましたが、ユウリは検察から何にも聞かれていません。少しの間が空き、裁判長が終わりを告げます。
「検察側は状況証拠以上の物を出せず、被告側は名誉毀損が無実だと証明する証拠を出せないようですね。それでは本日は・・・」
「お待ちください、名誉毀損が無実だと完全に証明出来ますよ?」
初公判の終了を宣告しようとした裁判長の発言に割り込みます。こんな面倒な事、何度も行うつもりはありません。今日で終わらせてあげましょう。
「完全に証明、ですか?」
誰でも納得する証明をやってみせましょう。越谷ミュージックは勿論の事、この法廷内の誰もが予想も出来ない方法でです。
「裁判長、検察側は私がユウリさんに嘘をついたと主張しますが、それを本人に聞いていません。本人に聞けば早いと思いますよ?」
「ふん、素人が。証人に呼ぶには事前に申請が必要なのだ。それが成されていない以上呼ぶことは不可能なんだよ」
検察官が馬鹿にしたように怒鳴りました。彼は立場上被告人側からの証人申請が為されていない事を知っているのでしょう。
私だってそれくらい知っています。しかし、ユウリに証言させるのに証人申請も何も必要無いのです。
「あら、呼ぶ必要なんてありませんわよ?」
悪なりの主人公、ロザリンド・ローゼンベルクちゃんが宣言します。
「初めからいたもんね~」
「開廷した時からな。」
オラクルワールドの主人公コンビであるナビィとクラウンが補足しました。
「えっ、今の声ロザリンドちゃん?」
「妖精のナビィちゃんもいなかった?」
「クラウン様まで!」
傍聴席がざわめき、皆が声の出所を探るべくキョロキョロと見回します。しかし、この法廷内には声優ユウリの姿は何処にも見ることが出来ません。
「茶番はこれまでにしましょうか」
一際大きな音量で声優ユウリの声か響きます。はっきりとわかるその発生源に全員が注目しました。
全員の注目を浴びる中結った髪を外し、編み込まれた三ツ編みをほどきます。手櫛を入れて軽く整え、徐に眼鏡を外して業務用の笑顔で微笑みました。
「改めまして、私は北本遊。ユウリの芸名で芸能活動をさせていただいております」
その瞬間、法廷内に流れていた時は止まり静寂がその場を支配したのでした。




