第四百五話 依頼の真実
「被告は、越谷社長から新人声優のユウリさんへ移籍の打診を依頼されましたね?」
「いいえ、移籍の打診なんて依頼されてませんよ?」
いきなりの全面否定に法廷内のほぼ全員がずっこけました。その依頼が無かったというならば、この訴訟の前提が揺らいでしまうからです。
「越谷社長は確かにあなたに依頼したと証言しています。居合わせた学生の証言もありますよ?」
「それは、私と越谷社長の『常識の違い』としか言えませんね」
あれを「依頼」と言い張るとは、お目出度い頭をしているようです。私の知る常識ではあれは依頼とは言えません。
「その依頼は、私が友人と通学途中にされたものですか?」
「そうです。越谷社長は通学途中のあなたに口頭で依頼したと言っています」
通学途中に口頭でと、検察側よりはっきりとした言質を戴きました。これで今回の争点となる「依頼」があの登校中に言い捨てられた物だと確定されます。
「裁判長にお伺いします。私の中では依頼とは発注者と受注者が互いに合意して初めて成り立つ物だと認識しています。世間一般の常識では如何でしょうか?」
「通常はその通りですね」
「では、どちらか片方が同意していない状態では成立していないとの認識で宜しいですか?」
当然とばかりに頷く裁判長。それが普通の認識であり、両者の合意なき契約など契約とは言えないのです。
「それでは、こちらの音声をお聞き下さい」
取り出したのは喫茶店での物とは違うレコーダーです。それに納められている内容を法廷内の全員に聞こえるよう最大音量で流しました。
「これは友人が録音していてくれた、越谷社長の言う依頼をした際の内容です」
法廷内の人達は、越谷社長を除き全員呆れ顔です。こんな一方的に捲し立てただけの物を依頼したなどと言い張るのですから、普通の感性の持ち主ならば呆れて当然です。
「依頼とは依頼者が内容と報酬、期限を提示し依頼された者が納得して請けた場合に成立するのではないですか?こんな一方的な命令を正式な依頼と言う越谷社長の常識は、疑われて然るべきかと思います」
ああ、検察官の人が苦虫を噛み潰したような顔をしています。多分、依頼時の詳しい内容を知らなかったのでしょう。しかし、後悔した所で後の祭りです。
「依頼が正式に交わされた物ではなかったとしても、被告が原告に対する誹謗中傷をしたという事実は変わりません」
「それは越谷ミュージックの推測なのではないのですか?それとも、私がユウリさんに嘘をついたという証拠を提示出来るのですか?」
焦って論点をずらそうとした検察官に対して反論します。証拠の提示など出来るはずはありません。さあ、検察サイドはどう出てくるのかしら?




