第三百九十七話 雲隠れ
深谷さんは私に着せる服を用意して待っていたようです。薄いピンクのワンピースに紫のバラの飾りが胸元についた素敵な衣装に着替えさせられました。
こんな綺麗な衣装、声優になっていなかったら一生着ていなかったでしょう。ごく普通の女子高生、北本遊に似合う服ではありません。
「いきなり無理を言ってすいませんでした」
「あら、いいのよ。と言うかよく来てくれたわ。ユウリちゃんに着せたい衣装は山ほどあるから・・・」
指さされた場所を見ると、ハンガーに吊るされた綺麗な衣装が大量に並んでいました。まさか、あれ全部が私用なんて事は無いですよね?
「ちなみに、これ全部そうだから」
心の内を読まれたのか、サクッと回答されました。助けを求める為に桶川さんの方を見ますが、すぐに視線を逸らされてしまいました。
「今日は時間が無いから今度ね。多分裁判の決着がつくまで慌ただしいと思うけど」
流石に時間も押してきたので、車に乗り移動開始します。まずは声優雑誌の取材からなのですが、やはりあの話題を避ける事は出来ませんでした。
「・・・時にユウリさん、あなたの移籍問題で提訴された方がいますが」
普通の質問をしていたのに、いきなり訴訟問題を振られました。不意を突いて本音を語らせようという魂胆でしょう。
「某雑誌で書かれているような事は無かったですよ。元々私は移籍するつもりなんてありませんでしたから」
当然真実を話します。この雑誌は月刊なので発売される頃には訴訟も進み真実が明らかとなっているでしょう。
その後、CMの録音やテレビの収録に行くと同じような質問を浴びせられました。あの訴訟問題は大きな話題になっているみたいです。
「桶川さん、事務所に泊まる事は出来ますか?」
「へっ、いきなりどうしたの?」
仕事が終わり、帰りの車の中での質問に桶川さんは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしました。反射的に助手席に座る私の方を見ていますが、前を向いて運転してください。
「このままだと、遊に取材陣が張り付くのでユウリになれませんよ」
家はマスコミの群れに囲まれているでしょう。帰ると外出出来なくなるのはほぼ確実です。
「ユウリは仕事があるから、姿を消すのは遊しかないわ」
「そうね・・・ごめんなさい、遊ちゃん」
私は、私生活を脅かされる事を恐れて正体を隠してきました。しかし、今回の件で日常生活に支障を来してしまいました。それに責任を感じた桶川さんの謝罪ですが、悪いのは桶川さんではなく越谷ミュージックです。
「元凶は越谷ミュージックです。桶川さんは悪くないですよ」
下らない訴訟で迷惑かけてくれた報いはキッチリと受けてもらうつもりです。と言うか、両親が張り切っているので事件後に越谷ミュージックが無傷な可能性はゼロだと断言出来ます。
「そ、そう。そう言ってくれると助かるわ」
憎き越谷ミュージックの事を考えたのが表情に出てしまったのか、桶川さんが怯えています。私は報復行動は一切しませんよ。両親の知り合いが動いてくれるようですから。




