第三百九十二話 受けて立ちます
「北本遊さん、あなたは越谷ミュージックから名誉毀損で告訴されました」
「名誉毀損?」
ユウリならば兎も角、北本遊としての私にはその会社と何の接点もありません。何をどうしたら名誉毀損などという発想が生まれてくるのでしょうか。
「訴状によると声優のユウリさんへの移籍の仲介を依頼したにも関わらず、ユウリさんに事実無根の悪評を流したとのことです」
説明を聞いた家族は、私も含めて全員呆れ顔です。私が私に嘘をついたと言われても呆れるしかありません。
「それにより制作予定だった映画の企画が中止となり、その損害を賠償せよというのが言い分です」
そう言えばあのオバサン、映画の主役云々って言っていましたし移籍を要求する書面でも書いていました。しかし、受けても居ない仕事が流れたからといって賠償を請求するなど無茶も良い所です。
「随分と自分勝手な言い種だな」
「よくそれが起訴出来たわねぇ」
民事は別ですが、刑事裁判は罪を証明出来て公判を維持できると判断されないと起訴されません。そうでないと、嫌がらせで何度も起訴するなんて行為が出来てしまうからです。
「警察内でもあれには疑問が噴出してますよ。しかし、被害届を提出されて受理した以上は動かざるをえません」
警察の皆さんも大変ですね。自己中オバサンの為に働かなくてはいけないなんて。それで起訴されるこちらはもっと大変なのですが。
「未成年で逃亡の危険性も無いので、在宅起訴となります。私が一応監視役となりますので」
私の事を知っている土呂さんが来てくれたのはありがたい事です。他の警察官に正体を知られずに済みます。
「以前同様、遊さんがユウリさんになった時は私も変装して同行しますね!」
ああ、脳力試験の収録にも同行するという宣言ですね。土呂刑事はこんな時でも通常運転なようです。
「遊、伝を使って最高の弁護団を組むから心配いらないからな」
「お母さんも色々調べるわ」
お父さんもお母さんも殺る気に満ちています。誤植ではありません。先程から殺気が駄々漏れです。
「私は友子お姉ちゃんにも伝えてネット方面での情報収集と操作をするわ」
家族総出で支援体制を組んでもらえるようです。ならば私もその意気に応えなくてはなりません。
「お父さん、弁護団はいらないわ。国選弁護士で十分よ」
国選弁護士とは、高額な弁護士費用を払えない被告人のために国が弁護士をつける制度です。私はどんな手を使ってもこの裁判に勝つと決めました。弁護士の質など問題にならない戦いをしてみせましょう。
「お金の事なんて心配いらないぞ、キッチリと万全な体制で臨んだ方がいい」
「どのみち弁護士さんにやってもらう仕事はないわ。絶対に勝てる勝負だから心配ないわよ」
名誉毀損なんて、有罪も無罪も立証が難しいのです。今回の場合、私がユウリに嘘をついたというのは完全に憶測の話です。私がユウリに会った場所に盗聴機を仕掛けるか、第三者が聞いていないと立証は不可能なのですから。




