第三百九十話 始動する陰謀
お父さんも噂はあると言っていましたが、それだけにしては執拗すぎました。何が何でも移籍するという言質を取りたかったような感じです。
「もしかして、朝のあれと関係がある?」
「朝って何があったの?」
朝方変なオバサンが来て一方的にまくしたてた事もお父さんが聞いた噂の事を話しました。偶然と言うには出来すぎたタイミングです。
「インタビューの話自体は以前からだから、関係があるとは断言出来ないわね」
断言は出来ませんが否定も出来ない。そんな中途半端な状態で対策を打とうにも曖昧な手しか打てません。
「越谷ミュージックは警戒するとして、様子を見ることにしましょう」
「それしかないですね」
放置すればまたリアクションがある筈です。その時に柔軟な対応をするしかありません。先送りしてるみたいですが、向こうが何を考えてるのか分からないので迂闊に動けないのです。
「あそこは仕事を詰めすぎて、過労で倒れるタレントが出てきているのよ。それで辞める人もいるから焦っているのね」
主力がミュージシャンなので私に関わる機会が少ないらしいのですが、それでも心当たりはありました。急ぎで受けた幾つかのお仕事は越谷ミュージック所属タレントの代打だったのです。
リアクションがあったのは年が明けた後でした。奇しくもAKUNARIの吹き替え最終日の事です。事務所に出向いた私は桶川さんから一枚の契約書を見せられました。
「ふざけた内容ですね」
「ユウリちゃんもそう思う?」
越谷ミュージックから送られてきた移籍の契約書。内容を大雑把に言うと
・収入を安定させるため月給制
・春から制作の映画に主役として抜擢する
・越谷ミュージックはユウリの芸能活動を支援し、最大限仕事を斡旋する
こんな感じでした。一見するとまともな内容に見えますが、こういった契約を文面通りに捉えては後程後悔する事となるのです。
「言葉って使いようねぇ」
「有利な条件を提示してるふりをして、実は不利な条件を呑ませる。商売人は大小の差こそあれやることだけど・・・」
月給制は駆け出しで仕事が少ないタレントにはありがたい話ですが、私はレギュラー番組を持ちスポットの仕事も多くこなしています。
そんな状態でこの内容を呑めば、どう考えても固定プラス歩合の今より収入は減ってしまいます。しかも固定給は普通の新人よりも雀の涙程高い値段です。
映画の話は置いておくとして、芸能活動を支援とは容赦なく仕事を入れるとの予告です。しかもどれだけ働いてもギャラは同じという契約です。仕事が増えても越谷ミュージックが儲けるだけなのです。
「女子高生なら騙せると思ってるんでしょうねぇ」
「騙される人もいるのでしょう」
両親を交えて真摯に話し合ってくれた桶川さんとは天と地との差です。初めに誘拐紛いの勧誘をした事は棚に上げておきましょう。




